花帰葬
         
08.5.9      
 sweet day

その人がいるだけで、部屋は2割増ほど明るくなるようだと思った。
容姿端麗、眉目秀麗………思いつく限りの美辞麗句を並べ立てても語りつくせないその美貌は、そこにあるだけで輝きを放つかのよう。
いや、容姿だけではない、彼の人が纏う華やかな空気そのものが、すでに眩く感じる。
何一つとっても非の打ち所が無い完璧な容姿。
そしてそれが見た目だけではない事も重々承知していた。
その完全無欠な彼の人は、白いクロスの掛かったテーブルに片肘を置き、頬杖をついてニコニコと嬉しそうに自分を見ている。
その視線に気まずさを覚えながら、誤魔化すように紅茶を啜った。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………あのぉ…ですねぇ…灰名様」
現状を打破しようと、無理矢理声を絞り出した。
「ん?何かな?」
灰名は彼の言葉ににっこり笑って首をかしげる。
ご婦人方なら見ただけで卒倒しそうな完璧な笑顔だったが、生憎いくら綺麗であっても男性である自分には通用しなかった。
中身を知っていれば尚更だ。
「もう1時間くらいこうしていますけど、お仕事の方はよろしいんですか?」
「おや、何か用でもあったかな」
「いえ、私は今日の仕事は終っておりますし、特に無いのですが、灰名様のご都合が…」
「なら問題無い。私も今日の分の業務は終了してるからね、こうして君とお茶をするくらいの時間はあるさ」
本当は最初から自分の予定など確認済みなのであろう、と思ったが口にも顔にも出さないでおいた。
その程度の事が出来なければ、王城勤めなど出来ない。
「しかし、そろそろなんだがね」
ふいに灰名が暖炉の上に置いてあった瀟洒な時計に視線を向ける。
何かを待っている様な灰名の言葉を怪訝に思うと同時に、扉がノックされた。
「おお、来たようだ」
そう言うと灰名はウキウキと立ち上がって扉に向かう。
そして扉の外にいた人物を招き入れた。
「おや」
大きな箱を抱えて入ってきたのは、灰名の息子である銀朱であった。
もう16にもなり、灰名の体が決して丈夫ではない事もあって、そろそろ早めの世代交代の噂が囁かれ始めている。
向こうも彼に気付いたのか、箱を慎重に抱えたまま頭だけで会釈した。
「ああ、文官」
言いながら箱をテーブルの上に載せると、礼儀正しく頭を下げて言った。
「今日はお誕生日なんだってな。おめでとう」
「え?…っえええっっっ?!!!!」
さすがの彼―――文官にもこれには仰天した。
確かに今日は自分の誕生日だが、それを特別誰かに言ったことは無かったし、誰かに言うつもりも無かった。
強いて言えばせめて今日くらいは早く帰って、いい酒でも飲もうかと考えていたくらいだ。
「か…灰名様?」
「うん、なかなかいいリアクションだったよ」
灰名はおとがいをつまむ様に手を当てて、ニコニコ嬉しそうに何度も頷いている。
「ひょんな事から君の誕生日を知ってね。知ったからにはお祝いするのが筋というものだろう」
どこで知ったんですか、という疑問は敢えて飲み込んだ。
訊いたところで誤魔化されるのがオチだと思ったし。
銀朱が抱えていた箱の蓋を両手で持って開ける。
ふわりと広がる甘いにおいと共に、中から現れたのは特大のケーキだった。
「母上が焼いたんだ。妹達も少し手伝って…。焼き立てがいいとの父上の希望だったので、少し遅くなったが」
「いいえ、私の為にここまでして頂くだけで充分です。むしろ申し訳無いくらいで」
「君は甘い物に目が無いからね、大きめに作らせたんだが…」
「何から何まで、スミマセン」
恐縮のあまり頭も上げられない様子の文官に、灰名はいたずらっぽく片目を瞑って、人差し指を唇に寄せる。
「気にすることは無いさ。実は娘達が一度ケーキを作ってみたいと言い出してね。申し訳ないがこれは口実なんだ。 そう畏まらないで食べてくれないか」
これだけ力作のケーキを前にして口実も無いだろう。
これは明らかに文官の為に用意されたものだ。
チョコレートベースにホワイトチョコで「HappyBirthday文官」と書かれた拙い字を見るまでも無くわかる。
ただ、本来はこんな風に気安く声を掛けてもらうことなどある筈の無い灰名とその家族に、 こうして祝ってもらって恐縮してる文官に灰名が気遣っただけなのだ。
そしてその気遣いを無にする事が、一番無礼である事を文官は承知していた。
だから文官のする事は一つ。
「ありがとうございます、灰名様、銀朱様」
と笑って頭を下げた。
声が震えていなかったのに安堵した。
さすがに、感無量で目頭が熱くなっているのだけは知られたくは無かったので。
そしてそんな自分を隠す様に、わざと眉根を寄せて困ったというポーズを取ると、
「しかし、こんな時でも私は『文官』なんですね」
とぼやく。
はははと灰名は笑った。
まったく、この方の所為で誰も彼も私の事を『文官』と呼ぶ様になったというのに、悪びれた様子がありませんね。
そう思って溜息を零したつもりだったが、代わりに唇に浮かんだのは穏やかな笑みだった。
多分久しく浮かべていなかった、心からの笑み―――
それに気付いて気恥ずかしくなり、視線を逸らすと、扉が僅かに開いているのが見えた。
確か扉は、両手の塞がっていた銀朱様に代わって灰名様がきちんと閉めた筈………。
文官が視線を凝らそうとすると、それよりいち早く灰名の声が聴こえた。
「君も入っておいで、花白」
ビクッと扉が僅かに揺れる。
眉を顰めた銀朱が、死角からそっと扉に近付くと、勢い良く扉を開けた。
「わぁっ!!」
という悲鳴に続いて、支える物を無くし、転ぶように小さな塊が飛び込んでくる。
まだ10にもならない小さな少年。
救世主と呼ばれる子供―――花白だ。
「覗き見なんて行儀が悪いぞ」
両手を腰に当て、視線を地面に転がっている花白に合わせる様に身を屈めて、銀朱が一喝する。
花白は身を起こしながら唇を尖らせた。
「この部屋からいい匂いがするからさ。何かなって思っただけだよ」
「お前…っ!その言い草は何だ」
「まあまあ、お二人とも」
慌てて文官は間を取り持つ。
「銀朱様、今日は私に免じて。花白様、実は灰名様の奥方様とお嬢様がケーキを焼いてくれたんですよ。ご一緒に頂きませんか?」
銀朱はまだ言い足りなかったようだが、文官の言葉に渋々といった様子で引き下がる。
花白は不機嫌さを露わにしたまま、ケーキを見て次いで文官を見た。
「ふぅーん。今日、誕生日なんだ、文官。おめでと」
「ありがとうございます、花白様」
ぶっきらぼうな祝辞ではあったが、文官はにっこりと笑みを浮かべて礼をする。
その一部始終をニコニコ笑みを浮かべながら眺めていた灰名は、パンと一つ手を打って注目を集めると、口を開く。
「さあ、せっかくのケーキの風味が落ちる前に食べようじゃないか」
そしてキラキラと輝く笑顔を向けて、文官に言った。


「誕生日おめでとう」




K家姉
妄想日時:’08.5.7
妄想場所:私邸

文官25歳の誕生日という設定です。
まだまだ灰名様が現役だった頃のお話と言う事で。
あまりにも淡々と話が出来たため、終わり時もわからなくなったという(汗)。