花帰葬
         
08.4.26      
 誕生日にワガママを

桜も散り、新緑が目に優しい暖かな日。
山小屋の中ではこくろがいつものように分厚い本を真剣に呼んでいた。
「こーくーろー」
名前を呼ばれ、自分の顔よりずっと大きな本の上から頭を出して見ると、ニコニコとご機嫌な黒鷹がいた。
「なんだ黒鷹か。何か用か?」
無愛想に言うと、再び視線を細々とした文字列に移す。
「何だ?じゃないぞ!?今日が何の日かわからないのかい?」
「今日?あぁ、よい風呂の日のことか?」
「ノン!それよりもっと大事な日じゃないか!」
「え?」
「こくろ…今日はキミの誕生日じゃないか!」
両手を大きく上に広げ、黒鷹は楽しそうに言った。
「お前…よく人の誕生日のことまで覚えているな…」
「私だって誰彼構わずに皆の誕生日を覚えているわけではないさ。他でもない可愛いキミの誕生日だから覚えていたのさ!」
「そういうものなのか?」
得意げな黒鷹に対し、冷静なこくろ。
本当は黒鷹に言われずとも誕生日のことは覚えていた。しかし、口にした所で気を使わせるだけだし、何となく言い辛かった。
だから黒鷹が誕生日を覚えていてくれたのは本当はとても嬉しかった。

「さぁ、本を読むなんていつでも出来る事をしてないで今日しか出来ないことをしようじゃないか」
「今日しか出来ない事?」
「今日はこくろが主役なんだ。何でもワガママを言って良い日なんだぞ?」
ニコニコという黒鷹の言葉を目を丸くして尋ねた。
「本当か?」
「あぁ、本当だとも」
「なら…俺…頼みがあるんだ…!」
ブックマークをすることも忘れ、本を置くとこくろは真剣な眼差しで訴えた。


「こくろぉ、どうだい?」
「あぁ、凄いな!俺…こんなの初めてだ。…感動するぞ」
夕暮れの道を黒鷹は肩にこくろを乗せて歩いていた。
こくろが黒鷹にした「お願い」とは父親が子どもにするみたいに肩車して欲しいと言うものだった。
「しかし…何でまた肩車をして欲しかったんだい?言ってくれればいつでもしてあげたのに」
「それは…」
こくろの脳裏にある日見た光景が甦る。
それは先日、こくろが1人で街まで買い出しに行った時の事。
こくろと同じくらいの男の子が父親に肩車をされて楽しそうに笑っていたのだ。

(父親…か…。どんな感じなんだろうな…)

どんな書物にも書いてはいない。自分の親の事など。
父親に肩車される場面が描かれていても、それがどういうものなのか具体的に書いてある本など一つもなかった。

「黒鷹は…父さんじゃないから…」
「え?何か言ったかい?」
「何でもない…」
ついうっかり口に出して言ってしまった。
黒鷹に聞こえていなかった事をほっと安堵する。
こくろにもわかっていた。黒鷹が自分を育ててくれる事。 それは普通の親子と何ら変わりがなくて、そう育ててくれているのは黒鷹なのだと。

「なぁ黒鷹」
「何だい?」
「俺もいつかこれくらい大きくなれるかな?」
「なれるさ!必ずね…」
こくろは今日みた景色を忘れないだろうと思った。例え大きくなったとしても。
「黒鷹…」
「何だい?」
「ありがとうな…」
素直に心の底から感謝した。今日の事だけではなく、いつも見守ってくれていることに。

「こくろ…キミが立派に育ってくれて父さん嬉しいよ」
「え?何か言ったか?」
「街まで行ってケーキを買って帰ろうかって言ったのさ!」
「良いのか?」
「勿論だとも!何て言っても今日はこくろが何でもワガママ言って良い日だからね」
こくろはしっかり黒鷹に捕まっていた。
黒鷹もしっかりこくろを捕まえて離さない。
長い一つの影を連れて歩いていく。
帰りは甘いケーキを抱いて帰ってくるのだろう。

生まれてきてくれた事に感謝を、育ててくれたことに感謝をしながら特別な日を二人は過ごした。




K家妹
妄想日時:’08.4.27
妄想場所:自室

いつも大人びているこくろがほんの少し子どもらしくなった1日を書いてみました。
黒鷹はいいパパだと思う。こくろはいい子だし。
「大きくなるか?」と聞かれた時に黒鷹の脳裏には歴代の玄冬のことが一瞬のうちに思い出された筈。
だから自信持って言えたんでしょう。ここまでくればタカは子育てのプロですな。
夕暮れの道を歩かせたのはK家妹の個人的な肩車のイメージです(笑)