花帰葬
花白×玄冬         
08.2.2          
 Sweetless

「ねぇ」

花白はダイニングの椅子に腰掛け、テーブルにうつ伏せながら台所で調理に勤しむ玄冬に声を掛けた。
指先では茶色の小瓶をもて遊んでいる。

「バニラエッセンスってさ、すごーーーく甘くていい匂いなのに、スゴイ味がするよね。こー苦いってゆーか、辛いってゆーか…」
「…舐めたのか?」

ボウルでクリームを泡立てながら、一瞬だけ玄冬が花白に視線を向ける。
呆れた風だと思ったのは被害妄想だろうか。

「前に、ね…だってこんなに甘い匂いするんだもん」

その時の事を思い出したのか、花白は鼻の頭にしわを寄せて顔をしかめる。

「まあ、気持ちはわかるがな」

今度は視線も向けずに、背中を向いたまま応える。
玄冬の意識は全て料理に集中しているのだ。
それが気に入らなくて、花白はむっとした。
だから、たった今まで指先で弄っていたバニラエッセンスの小瓶を手にして、玄冬に気付かれないようにそっと席を立つ。
そして、玄冬がボウルを置き、手の空いた一瞬を狙って、

「玄冬」

と声を掛け、注意を引いた。
その声色に不審に思った玄冬が振り向くと、まんまと罠に掛かった玄冬の首に花白の両腕が回り、

ぐいっ

っと引き寄せられる。

「?!!」

驚く間もなく、玄冬の唇が花白の唇に塞がれた。
ふわりと甘い香りが玄冬の鼻腔をくすぐる。
そして驚愕に無防備となっていた口膣に花白の舌が進入してくると、口の中に苦辛いような味と刺激が広がり、 花白がバニラエッセンスを数滴口に含んで、自分に口づけたのだと気付いた。
口内を蹂躙する花白に舌で抗議すれば、それすらも奪われて口づけは更に深く激しいものになる。

一瞬花白は唇を離した。
甘い香りと口づけで、酔ったように朦朧としている玄冬には、もはや抵抗する意思は見えない。
そんな玄冬を見上げ、意地悪く口元に笑みを浮かべながら花白は言った。

「でも、さ。こうすれば香りと同じで甘くて美味しくなるよ」

そして、再び口づける。
先ほどより深く、激しく、舌で口内を弄(まさぐ)られ、玄冬にも甘い香りが移ってゆく。
やがて意識の全ては花白に与えられる刺激に捕らわれて、息をする事すら忘れて、自分を保っていられなくなって、 玄冬は縋り付くようにただ花白の服を強く握り締めた。
その玄冬の仕草に煽られて、口づけを止めぬまま、花白の手が玄冬の服のボタンに掛かる。
ぼんやりと玄冬は抵抗しなければ、と思った。
このまま流されては駄目だ、と。
なぜなら………

チン

と澄んだ音を立ててタイマーが鳴った。
その音で玄冬の意識がクリアになる。
そして、今まさにボタンを外そうとしていた花白を引き離すように、両手でその肩を押した。
先ほどまで自分に身を任せていた玄冬の突然の抵抗に、花白は不満げに声を掛ける。

「玄冬?」
「今は駄目だ、花白」
「え〜なんで〜。玄冬だって結構その気になってたじゃない」

あからさまに言われ、玄冬はたった今までの行為を思い出し、わずかに頬を赤らめた。
だが、あくまで表情(かお)には出さず、何とか冷静を装って一つ咳払いをする。

「とにかく今は駄目なんだ。焼き菓子は焼き上がりが肝心だからな」

そう言って何事も無かったようにオーブンに向かう。
向けられた背中に内心舌打ちすると、いつの間にか口の中からバニラエッセンスの刺激を伴う辛味が消え失せ、 先ほどのキスのようにただ甘い香りだけが残っているのに気付いて、花白はそっと唇に指を当てた。
そして、

「わかった、『今は』ダメなんだね」

と確認するように声を掛ける。

「…花白?」

嫌な予感がしたのか、オーブンから焼きあがったケーキを取り出しながら玄冬が振り向く。
その玄冬の頬に、一筋の冷たい汗が流れる。
唇に人差し指を寄せ、花白は悪戯っぽく笑った。

「今晩続きしようね。絶対だよ?約束!」
「…お前な………」

玄冬は何かを言いかけたが、結局ため息を一つ吐いてそのまま押し黙ってしまう。
そしてそのまま黙々と作業を再開する。
が、花白を意識した態度が、明らかな照れ隠しであると如実に物語っていた。


―――ホントはケーキよりも玄冬の方が美味しそうなんだけど、

―――でも、玄冬がケーキを焼くのも久しぶりだし、玄冬の作るケーキ好きだし、

―――大好きな玄冬の大好きなケーキを味わってから、ゆっくり大好きな玄冬を味わうのも悪くない。


そう結論付けると、花白は作業をする玄冬の背中を眺めた。
よもやその眼が獲物を狙う肉食獣のそれに良く似ている事など気付かずに。

その視線を感じた玄冬は小さく身震いするのであった。




K家姉
妄想日時:’08.1.26
妄想場所:車内にて

バニラエッセンスを使ったネタは、過去に王レベの白カナで使おうと思ってました。
あっちは淫靡な感じだったのに、なんで花白だと甘くなるんでしょう(苦笑)。
でも、今回は甘さを控えめにしてみました…じゃないと書きながら悶絶するから。
「SWEET(甘い)」+「LESS(無い)」で「甘くない」と、タイトルから甘さに抵抗してみたり。
あと、チューの描写も軽量化してみた(笑)。

ちなみに、この話を書くために、本当にバニラエッセンスを買ってきて、
匂いを嗅ぎながら書いていたのは ココだけの話である。
つか、小学校の頃、学校でクッキーを作ったときにバニラエッセンスを舐めた時の体験談を基にしていたり。
…みんな一度は舐めてみた事があるよね?ね?!←必死