花帰葬
         
08.4.12        
 献花

城の南にその樹はあった。
幹は一人二人では抱えきれないほど太く、見上げれば天にも届くかと思うほどの高さがある。
凛として聳え立つ樹齢を経た巨木、その縦横に張り出した枝を飾るのは、薄紅の花。
桜の古木だった。
もう花をつける事は無いだろうと言われていたが、その枝はたわわに花をつけている。
風が吹くたび、重そうに枝が揺れて花びらが散った。
恐らくこれが最期の花となるのだろう。
後は静かに朽ちてゆくのみだ。
見渡せば桜の周囲は深い深い雪に覆われている。
それもその筈、今は桜の咲く季節ではない。
それを証明する様に、他の桜は一つとして蕾すらつけているものは無く、どれも寒々とした枝に、真っ白な雪の華を咲かせていた。

狂い咲きであった

自らの死期を悟って、春でもないのに最期の花を咲かせたのだろうか。
それとも
『誰か』の葬送の装いであろうか。

彼は桜の古木の傍らにそびえる塔を見た。
その塔は低い階には扉どころか窓すらなく、出入りする事は出来ない。
塔と外界を繋ぐものは、城から塔の最上階へと伸びる空中回廊のみだ。
それから、桜の巨木ですら枝も届かないような高い場所…最上階に一つだけ、南側に設けられた大きな窓。
今、その窓は大きく開け放たれている。
ほんの数年前まで塔は完全に閉ざされていた。

ある日、この牢獄の様な塔に『彼』がやって来るまでは。

気配の様な物を感じて、ああコレが『そう』なんだとすぐにわかった。
自分と対になる者、自分が斃すべき者。

『玄冬』

彼がどんな人物なのかわからない。
だが、どんな人物であろうと、自分は彼を斃さなければならない。

なぜなら自分は『救世主』なのだから。

今日、白梟が改まって自分を呼び出した時
―――もしかしてそうかな
と思った。
そして面白げも無く予想は簡単に当たった。
「明日、春告げの儀式を行います。滞りなく準備を」
急だな、とは思ったが焦る気持ちは無かった。
いつだって心構えはしてきたから。
そのための準備も…剣も、『力』の使い方も、そして人の殺し方も。
―――だからこの身とあなたにもらった剣があればいつでも儀式は行える
白梟の元を辞した彼は、そのまま何と無しに塔へと向かった。
他人(ひと)から見ればたった一晩も待てないのか、勇ましいことだと思うかもしれない。
だが、その彼の手にいつも我が身の一部とばかりに所持している剣は無い。
そして、南の塔へ来た彼は、そこに満開の桜の樹を見つけたのだった。

酒でも持って来るべきだったかな。
塔に寄り添うように腰掛けて、彼は独り微笑する。
それから、塔の壁面をなぞる様に見上げた。
目を凝らしてみたが、開け放たれた窓から誰かが顔を覗かせる事は無かった。
ただ、穏やかな気配が彼に伝わる。

それはまるで春の陽だまりのように暖かくて

彼は眼を閉じた。
雪によって世界を閉ざす者、それだけ聞けばまるでその気配は氷のように冷たく、寒風のように身を切るようなものだろうと想像していた、 だが………
『彼』はその身に春を閉じ込めているのだろう。
だから『彼』の気配はこんなに暖かいのだと、彼は『彼』の中から春を呼ばなくてはならないのだと、彼は思っていた。
全ての人に春の恩恵が訪れるのは、彼が儀式を行ってから。
だがここに来れば、彼はいつでもこの春の穏やかな空気の中に包まれた。
それは酷く居心地が良く、同時に寂しくもあった。
この温もりを失うのは、自分自身の手によってだから。
だが、彼はそれ以上に彼を取り巻く人々の温かさが好きだった。
二つのものは同時に手に入れることは出来ない。
何かを得れば何かを失う…それが道理だ。
だから彼は選んだ。
明日、この気配を失う事になっても、人々に春を告げる事を。

ざわりと古木が立てる木擦れの音に、彼は目を開いた。
そしてその光景に彼は目を奪われる。
古木を倒さんばかりの強風に煽られ、彼の視界いっぱいに桜の花弁が舞う…自分にも吹き付けてくる風から腕で顔を庇いながら、彼はその様に魅入っていた。
幹は大きく揺れ、枝は開け放たれた窓に手を伸ばすかの様に何度も空(くう)を掻く。
そして桜はこの身が届かないのならば、せめて一片の花びらだけでもという様に、惜しげもなく花びらを降らせた。
その桜の想いが届くように、いくつかの花びらが窓の中に飛び込んでゆく。
風が収まると突風に驚いたのか、窓の内から侍女が一人、身を乗り出して階下に居る彼に気付く事も無く、慌てて窓を閉める。
別に窓を閉ざされても気配まで閉ざされることは無いのだが、頃合かな…と、彼は腰を上げた。
それから、雪を踏みしめ、ゆっくりと桜の下に歩み寄る。
たった今の盛大な桜吹雪の所為で、桜の樹はみすぼらしい有様になっていた。
だが、それでも桜は誇らしげにそびえ立っている。
幹に触れて、こつんと頭を預けた。

「ありがとう」

何故かそんな言葉が自然と口に出た。
それが、見事な桜吹雪を見せてもらった事に対してなのか、それとも『彼』を憐れんでくれた事に対してなのか、自分でもわからぬままに。
儀式が終われば、この樹は枯れても他の桜の樹がきっと見事な花を咲かせるだろう。
だが、最期の命をただ一途に咲かせ、そして明日失われる命を見送るように散らせた、これほど見事な桜吹雪はきっと後にも先にも見る事は無い。
さわりと僅かな風に梢が揺れて、彼の身に桜の花弁が降る。
ああ、雪みたいだなァと桜を見上げて彼は思った。

遠くで、時を告げる大聖堂の鐘が、まるで葬送のそれのように響いていた―――




K家姉
妄想日時:’08.3.16
妄想場所:私邸

ドラマCD聴く限りは、むしろ春頃に行われたぽい春告げの儀式の頃ですが、
いちおー「期限ギリギリ」とは言っているので冬っぽくしてみましたー。
捏造かい!ヲイ☆とかツッコまれる前にツッコんでみた(汗)。
多分春告げの儀式って滅び始まる直前なんだろーなぁとかも書きながら思ってみました。