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花帰葬 |
| 08.5.19 |
| 白春夢 |
春になれば、人々は自然浮かれ出す。 特にこの数年、春の来なかったこの世界の人々ならなおさらだ。 世界を覆っていた雪が溶け、駆け足で春がやってきて、夏が巡り、秋が訪れ、また冬。 再び世界が雪に閉ざされるのではと人々は恐れたが、暦の通りに春は訪れ………。 世界は続くのだと、誰もが安堵し、浮き立ち、各地で盛大に春の祭りが行われた。 この彩の城にも確実に春はやって来ようとしていた。 国花でもある桜の樹が蕾をつけ始めると、あちらこちらで今年の花見の話題が持ち上がり、にわかに騒がしくなる。 そんな中で、普段は無駄に陽気な男が逆に沈んでいくのを、銀朱は不思議に思っていた。 用も無いのに銀朱の執務室にやって来ては、仕事の邪魔ばかりしていた男が、最近は滅多に訪れない。 それだけではない。 たまに見かける彼は、ぼんやりと外を見ているばかりだ…いや、本当に彼の視界に景色が映っているかも怪しい。 心配して声を掛ければ軽口が出るが、それは明らかに普段とは違っていて。 むしろ言外に構うなと拒絶の意思が感じられ。 結局様子を窺う事しか出来ないまま、ただ時が流れた。 見回りの途中、城の南側を歩いていると、そこに救世主の姿が見えた。 塔の壁に寄りかかり、相変わらずぼんやりと中空を眺めている。 今、彼の視界には何が映っているのだろう。 そんな興味が銀朱の胸中に湧き上がって、つい彼は救世主に声を掛けた。 「おい、春が近いとはいえそんな格好でこんなところに居ると体が冷えるぞ」 銀朱が声を掛けると、救世主はいつもの彼とは思えないほど緩慢な動きで銀朱を見た。 「ああ、隊長か…」 「おい…大丈夫か?まさか風邪でもひいたのか?」 「んーん、ダイジョーブ」 そう言って、救世主は再び視線を中空に漂わす。 銀朱も彼の視線を辿ってみたが、ただ青い空が広がるばかりだ。 「………何を見ているんだ?」 「隊長はさぁ…この塔がどんな塔か知ってる?」 救世主は銀朱の問いには答えず、ぽつりと呟くように問いを放った。 脈絡の無い会話の流れに戸惑いながらも、銀朱は何とか会話を繋げる。 「あ、ああ。確か罪に問われた王族や貴族を幽閉するために作られたものだそうだ。 もっとももう長い間使われては居ないようだが。中には無実の罪で投獄された者もあったとかで、怪談話には事欠かないな」 「隊長は入った事ある?」 「まぁ、何度かはな。高貴な者を幽閉するだけあって、中はなかなか豪華な作りになっていたな」 「ふぅーん」 俺は入れてもらえなかったからなぁと呟いて、救世主はゆっくり塔を見上げた。 あくまで咎人を収容する為の施設なのだから、簡単に逃げられぬよう低い階には扉どころか窓すらない。 塔と外界を繋ぐのは、城から塔の最上階へと伸びる空中回廊のみだ。 それから飛び降りる事も叶わない程高い場所…最上階に一つだけ、南側に設けられた大きな窓。 「じゃあそんなに悪い待遇では無かったのかな?」 「?…何の事を言っているんだ?」 またもや銀朱の問いかけに返答は無い。 だが、明らかに常軌を逸した救世主の言動に、銀朱の不安は次第と強くなっていた。 「貴様、何を見ている」 救世主の意識を引き戻そうと、銀朱は救世主の両肩を掴み、強く揺さぶった。 意外にもその肩が頼りない程華奢で、銀朱はドキリとする。 普段、不敵な態度をとる救世主は、忌々しいほどの存在感があったというのに。 無抵抗に揺さぶられていた救世主がようやく銀朱を見た。 だが、視線を向けられていても、何故か救世主には彼が見えていないように感じた。 事実その通りだろう。 救世主は今まで見たこともないような、無防備な笑みを浮かべた。 「大丈夫だよ、隊長…ちょっと驚いただけ。まさかあんなに小さい子だとは思ってなかったからさ」 「おい…」 「ホント、心配性だよな、お前」 「おいっ!!」 言い知れぬ不安に駆られて、ついに銀朱は大声を出した。 至近距離だったから、さぞや救世主の鼓膜に響いただろう。 何と言っても、彼は大隊を纏める指揮官なのだ、剣戟鳴り響く戦場でも指示を飛ばす必要がある為、声の大きさには自信がある。 事実、救世主はきょとんとしたように銀朱を見た。 その焦点はばっちり銀朱に合っている。 「あれ?タイチョーどしたの?こんなところで」 いつも通りの物言いに、銀朱は救世主の肩を掴んだまま、はぁーーーーーっと深く長く安堵の息を漏らした。 まるで、消えてしまうのではと思うほど儚かった気配は、今ではいつもの強い存在感を放っている。 「お前…あまり心配させるな」 「心配?何で?」 たった今までの事を覚えていないのか、救世主は不思議そうに銀朱を見る。 「………それで、お前はこんな所で何を見てたんだ?」 これまでの事には触れず、三度目になる問いを銀朱は放つ。 んーっと視線を前に向けた。 目の前には色を取り戻し始めた芝を敷いただけの広場がある。 「ここにさぁ、桜の樹を植えようかな…と思って」 「桜?」 「うん」 城の南側という好条件にあるにも係わらず、先ほど救世主に語ったような目的の塔が側にある所為か、この周辺に庭園どころか立ち木すら無い。 ただおざなりに芝生を植えた空間が広がるばかりだ。 確かに今は殺風景なここに桜の樹を植えたら、幾年か後には見事な桜の名勝が出来上がるだろう。 部署ごとに開かれる為、例年苛烈を極める花見の場所取りも、幾らかは楽になるかもしれない。 そもそもこの塔が、身分の高い者の身を拘束する為に使用されていたのは、もう歴史書に載るほど過去の事なのだ。 「そうだな、悪くないかもしれん」 救世主の提案は意外にも良案だった。 偶にはお前もなかなか気の利いた事を思いつくな、と言うと、救世主は何ソレ、偶にはじゃなくいつもだろと言って笑う。 それから、また、今はまだ何も無い空間に視線を向けて、囁くように言った。 「植えたばかりはサ、小さいだろうケド、いつかスゴク大きな樹になって、きっと見事な花を咲かせるよ」 そう言う救世主が思い描いているのは、遠い未来か過去か。 「そうしたらお花見しようね、タイチョー」 「馬鹿者、まずは陛下にお伺いを立ててからだ」 にっこりと笑みを浮かべて自分を見る救世主に、溜息交じりでそう言うと、ダイジョーブダイジョーブと救世主は意味ありげに笑った。 彼の脳裏にはいつか見た、満開の花を咲かせた桜の古木が、ゆっくりと揺れていた。 |
K家姉 妄想日時:’08.3.20 妄想場所:私邸 桜の咲いているうちにアプしようと思ってたんですが…。 まぁ、桜の季節はネタ盛り沢山だったので、ちょっと季節はずれですが、今頃アプしてみたり。 タイトルは「白昼夢」に掛けてみた。 相変わらずセンスがありません(苦笑)。 |