花帰葬
      
08.5.5          
 Dear Mother(5月)

「はいっ」
突然紅い花を一輪差し出されて、玄冬は戸惑った。
冷や汗をかきながら視線を下に向けると、精一杯背伸びをし花を掲げている子供がいる。
その顔はキラキラと興奮と期待に輝いていた。
良く見知った少年より幼い面立ち―――こはなだ。
そのこはなが、何故自分に真っ赤なカーネーションをくれようとしているのか、判りかねて玄冬は困惑した。
「………俺にくれるのか?」
「うんっ」
ぱぁっと笑顔を浮かべて、こはなは嬉しそうに頷いた。
「今日ね、母の日なんだって。いつもおいしいご飯作ってくれるおっきい玄冬ってお母さんみたいだからあげるっ」
「受け取ってやってくれ」
背後からぼそりと小さな声が聴こえる。
ちらっとそちらを見ると、困ったような顔のこくろがいた。
「あ…ああ…」
こはなの勢いとこくろの思いつめたような言葉に押されるように、ただ茎に紅いリボンを結んだだけのその花を受け取る。
だだそれだけのことなのに、こはなはくすぐったそうに首をすくめると、もう一度…それは本当に嬉しそうな笑顔を残して走り去った。
嵐のような一部始終に、ゆっくりと玄冬がこくろを見る。
どうみても説明を求めている顔だ。
冷や汗を浮かべたまま、こくろはふぅと溜息を吐く。そして話し出した。
「俺が悪いんだ…ついうっかり母の日の話なんかしてしまったから」
そう言って瞳を伏せる。
「俺達は本当の母親なんて知らないのに………」
こくろもこはなも、物心ついたときには既に黒鷹や白梟と暮らしていた。
そういうものだと思っていたし、特に実の両親など気にした事はなかった。
本を読んでいれば、普通は父親がいて母親がいる事くらいはわかるし、少しは自分を生んでくれたお母さんってどんな人だろう………くらいは考えた事はある。
だが、特にそれを黒鷹に訊いてみた事は無かった―――なんだかろくでもないことを言われそうだったので。
だから今まで「母の日」など、言葉は知っていても特にした事もなかった…相手もいなかったことだし。
しかし、それをついこはなに話してしまったのが失敗だった。
母の日をやりたがったこはなは、「お母さん」がいないなら「お母さんみたいな人」に次々カーネーションを配る気らしく、 先ほどは同様に白梟に紅いカーネーションを渡していた。
事の顛末を聞いた玄冬は「そうか」と短く呟いただけだった。
「悪かったな、俺のせいで迷惑かけて」
「別に…迷惑だなんて思っていない」
ふうと息を吐いて玄冬は背を向ける。
戸棚からグラスを取り出すと、それに水を汲んで、たった今貰ったばかりのカーネーションを挿す。
生憎この家には花瓶などという洒落たものは無かったので、せめて…と思ったのか、この家で一番綺麗なグラスを選んで。
それから、改めてこくろを観て、その小さな頭をぽんぽんと撫でる。

―――昔、黒鷹が自分にそうしてくれた様に

「お前はどうなんだ?母の日は」
「俺は………別に…」
「そうか」
もう一度ふうと息をついて、玄冬は言葉を紡ぐ。
「母の日というのは『自分を産んでくれた母親に感謝する日』なんだそうだ。俺は黒鷹にそう教わった」
「………」
会話の流れに伴わないその唐突な言葉に、玄冬が何を言いたいのか図りかねて、こくろは不思議そうに玄冬を見る。
「直接カーネーションを渡せなくても、お前が「生まれてきて良かった」と思ってればそれで充分なんじゃないか。それでお前を産んでくれた人はきっと喜んでる」
言い慣れない事を言って照れているのか、そう言うと誤魔化すように玄冬は一つ咳払いをする。
その頬はいつもより赤い。
「………まぁ、これは全部黒鷹の受け売りだがな」
そうぶっきらぼうに付け加えて、玄冬は紅い花の揺れるグラスを持ったまま、自室へ消えてしまった。
あいつも母親の事を気にした事があったのか………と、玄冬が撫でた名残を惜しむように、そっと自分の頭に触れて、玄冬の部屋の扉をぼんやり眺めた。
やっぱり全然違うな、と母親など気にした事の無かった自分と、恐らく母親というものを知りたがったであろう玄冬との相違を改めて思いながら。
あいつは何と言って駄々を捏ねたのだろう、そして黒鷹はどうしてそう言ったのだろう。

多分「生まれてきてはいけなかった」と悩んでいたであろう、昔のあいつに。

「俺は…大きいのとは違う」
自分は『玄冬』であっても『玄冬』ではない。
もともと『玄冬システム』には縛られていないのだから。
だが、気付いた時には両親はいなかった。
代わりに黒鷹がいつも側にいた。
理由なんて幾つも推測し想像した。
そのどれもが認めたくないものだった。
「でも…信じていいのか、黒鷹。俺は両親にとっていらない存在では無かったって。やむ得ずにお前に育てられる事になったって」
玄冬にそう言った黒鷹の真意はわからない。
だが、そう思えるのならばいつか訊ける日がくるかも知れないと思った。
本当は知りたかったのに、ずっと真実に怯えて、興味の無いふりをし続けていた両親の事を………。

「お母さん、ありがとう。俺は生まれてきて良かった」
ぽつりと言葉が口をついて出た。
黒鷹に育てられて、はなしろと白梟と一緒に過ごせて、どんな奇跡か平和な世界(はこにわ)で、 出逢う筈も無かった大きい玄冬やみんなと出会い、共に生きている。
それはみんな、産んでくれた母親のお陰だ。

「俺は結構幸せです」

面影も知らぬ母親にそう言って、こくろは淡く微笑んだ。




K家姉
妄想日時:’08.5.5
妄想場所:私邸にて

間をおいたら、書きたいことがわからなくなってしまって、
訳のわからない話になってしまいましたねぇ(苦笑)。
実は「メーデー」ネタも考えたのですが、
時間も無かったので書きかけの方にしてしまいました(汗)。
若いコは「メーデー」って良くわからないんじゃ?とも思ったし。
あ、その所為で隊長の連続歳時記出場記録が途切れたな(笑)。