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花帰葬 |
| 08.6.1 |
| JUNEの憂鬱(6月) |
しとしとしと…雨が降る。 深い深い森の中の小さな小さな小屋の中、暇だー退屈だーと人語を紡ぐ不思議な鳥が一羽。 「まったく、雨は鬱陶しくてたまらんね」 「そうか、俺は割と嫌いじゃない」 食器を片付けながら、玄冬は振り向きもせずそう返す。 「雨は大地に恵みをもたらせてくれるありがたいものだ」 「だが、何事もほどほどがいいと言うだろう。まったく、ここ一週間雨続きで羽を干すこともままならんよ」 まるで駄々っ子のように羽をバタつかせて、黒鷹は愚痴る。 「だからといって家の中で鳥になるな。羽根が散らかる」 玄冬は羽音で察したか、相変わらず振り向かずに、黙々と作業を続けながらそう言う。 器用にも、鳥姿のまま黒鷹は眉を顰めた。 「む、そう冷たい事を言わないでくれ。私だって本当は家の中じゃなく、お日様の下で思いっきり羽を伸ばしたいんだ」 せめて家の中でくらいいいじゃないかーーーっと、大きく羽を広げて黒鷹は主張する。 食器を全てしまい終えた玄冬は、パタンと食器棚のガラス戸を閉めると、ようやく黒鷹に向き直った。 「わかったから人型に戻れ。今、茶を淹れてやる」 あしらわれてむっとしたが、茶の用意を始めた玄冬に何を言っても無駄と悟ったか、諦めて人身に戻る。 そして、テーブルに着くと、片頬だけ頬杖を付いて紅茶を淹れる玄冬を見た。 「君、冷たすぎるんじゃないか」 「毎日毎日同じ愚痴を聞かされれば、嫌でもこうなる」 玄冬が温められたカップに紅茶を注ぐと、部屋中にお茶のいい匂いが漂う。 夏も近いというのに、雨の所為で肌寒かった室温が、それだけで上がったように感じた。 目の前にカップを置かれる。 温かい湯気と香りに、それだけで黒鷹は幾らか気分を良くした。 どこにでも売っているありふれたお茶だというのに、深い味わいと芳しい香りを醸し出すそのお茶を一口啜って、黒鷹ははぁと息を吐く。 「少しは機嫌が直ったか」 「そうだな、君の淹れるお茶はまるで魔法のようだよ」 見透かされた不満も、雨の憂鬱も、嘘の様に消えて心が穏やかに凪ぐ。 同じ茶器と茶葉を使っても、どうしたって同じようには淹れられない。 本当に…我が子ながら恐ろしい腕だと、素直にそう思う。 玄冬も自分の分のお茶を用意して、黒鷹の向かいに座った。 それからおもむろにこう切り出す。 「そういえば、もうじき父の日だな。今年は何か欲しいものがあるか」 隠すことなどなくストレートにそう問いかける玄冬に、黒鷹は苦笑いを浮かべる。 素直なこの子はサプライズなど思いつかないのだろうか。 いや、せっかく贈るのだから、本人が欲しがるものを直接聞いた方が合理的だとでも思っているのかもしれない。 毎年、口にしそうになって飲み込んでいる言葉を今年も飲み込んで、黒鷹は考える素振りで天を仰ぐ。 「そうだなぁ、先日見かけた帽子…」 「却下だ。そろそろ収納が限界だ。というか俺の部屋にこっそり置いていくのは止めろ」 「じゃあ君の花嫁姿が見たいな」 「は?」 玄冬が固まるのも道理だった。 なぜ突然黒鷹がそんな事を言い出したのか、玄冬には理解できないし理解できなくて当然だった。 そんな玄冬のリアクションを愉快そうに眺めて、黒鷹は言葉を続ける。 「いや、先日一緒に呑んだ男の娘が今度結婚するという話を聞いてね。そろそろ君もお年頃だなぁと思って」 「いや、それはそうだが、何で俺が嫁なんだ?」 「だってこれだけ家事を完璧にこなせれば、立派なお嫁さんになれるよ、君。そんじょそこらのお嬢さん方では太刀打ちできないだろう」 「だからと言って嫁に行くか、馬鹿」 玄冬のツッコミもどこ吹く風、やはり式を挙げるなら今月がいいね、6月の女神の祝福を受けて幸せになるんだよと、物語を膨らませてゆく。 言葉を重ねるうちに笑みはみる間に崩れて、黒鷹は取り出したハンカチに顔を埋めた。 「ううっ!玄冬、お父さんの事は気にせず、幸せになるんだよ」 「どこまで妄想が広がってるんだ」 玄冬が盛大に溜息を吐くと、ようやく黒鷹はハンカチから顔を上げる。 その顔は、涙やら鼻水やらで汁まみれだ。 すっかり湿ったハンカチを黒鷹の手から取り上げて、玄冬は代わりに自分のを渡す。 すまないねぇと、まるで病弱なお父っつあんみたいに言ってそれを受け取ると、顔中を拭って最後に盛大に鼻をかんだ。 「や…やっぱりウチの可愛い玄冬を、どこの誰ともわからん馬の骨にくれてやれるかーーーーーっっっ!!!!!」 ハンカチを握り締めて、黒鷹は想像の中で自分の可愛い玄冬を攫っていった、顔もわからぬ男にそう憤った。 それから、温くなったお茶を一気に飲み干して、テーブルに叩きつけるようにカップを置く。 ついでにその勢いのままテーブルに突っ伏して歌いだした。 「よぉ〜めにぃ行く日ぃがぁ〜来なけりゃいい〜とぉ〜」 「だから、誰が嫁になんか行くか………それに」 そこまで言って、玄冬は言葉を切った。 その沈黙に何かを察した黒鷹が、視線を上げる。 玄冬は微笑んではいたが、それはあまりに穏やかで透明な笑みだった。 「俺には結婚なんて出来るわけないだろう。だから安心しろ、黒鷹」 「玄冬………」 思わず真実を告げそうになって、黒鷹は必死に口を閉ざした。 黒鷹は玄冬が本当に望んでいる事を叶える方法を知っている。 だが今、真実(それ)を告げても、きっとこの子は選ばないだろう―――自分以上に他人を大切にする子だから、きっと黒鷹を犠牲にしてまで生き続ける事は決して望まない。 いつか、玄冬自身が自分の生を渇望するその時まで、真実は黒鷹の胸に秘めておくべきものだ。 そう、例えそれが自分と対をなす片翼の鳥に対してであっても………。 まったく…水臭いね、と黒鷹は全身で溜息を吐く。 ―――ねぇ、君。子供が親より先に逝くのは、何より親不孝だってわかっているのかい ―――私は君が幸せになれるのなら、私にする総ての事を赦すというのに 苦笑して、心にあるのとは全く違う言葉を口にした。 「父親としては売れ残るのも複雑なものだな」 「どっちなんだ」 「そりゃあ、もちろん、ずっと傍にいて欲しいさ」 ―――総ての命が絶えて、世界が滅んでも、私は君の傍にずっといるというのに、君は決してそれも望まない 「だがねぇ、君が嫁ぐ姿も見たいというのも本音なのだよ、困った事に」 「何でさっきから俺が嫁に行く前提で話すんだ、お前」 眉間に皺を寄せ、むっとした顔で黒鷹を見ると、黒鷹は愉快そうに笑った。 冷たい視線を黒鷹に向けるが、黒鷹は意に返した様子も無く、ただ笑い続ける。 そう、今はまだいい。 選択の時までまだ時間はある。 それまではこうして、穏やかな日々を重ねていけばいい。 馬鹿な事を言って、未来に夢を見て、君と笑っていれればそれでいい。 いつか、この雨が雪に変わるまでは――― |
K家姉 妄想日時:’08.6.1 妄想場所:私邸にて とにかく、6月の主なイベント詰め込みです。 まだ花白さんと出会う前の黒親子のお話。 タイトルはあんま意味無いです。気分でつけました。 一つ付け加えれば、読み方は「ジューン」ではなく「ユノ」です。 秘かなこだわり(笑)。6月の結婚を司る女神ですね。 何度書いても納得いかなくてかなり書き直しましたが、まだ納得がいかない。 ホントは物語を作るときはもっと時間が欲しいんだが…なんてのはただのいい訳ですが(苦笑)。 まあ、黒鷹をギュン太化させたから、それで満足しとこう…うん。 あと、黒鷹は誕生日がわからないので父の日に纏めて祝っているという裏設定を勝手に作ってみた(笑)。 ただ単に黒鷹に「娘よ」を歌わせたかっただけだったとも言う。 それに拘らなければもっと書きようがあったんだが…(^^;ゞ 以下歌詞 嫁に行く日が 来なけりゃいいと おとこ親なら 誰でも思う 早いもんだね 二十才を過ぎて 今日はお前の 花嫁姿 贈る言葉は ないけれど 風邪をひかずに 達者で暮らせ 夕べ娘が 酌してくれた 酒の味さえ おぼえていない 古い写真を 指さしながら ここが父さん そっくりなのと 頬のあたりを なでながら 涙ぐんでは はしゃいでくれた 笑い話で すませるけれど 口じゃ言えない 苦労もあった 嫁に行ったら わがまま言わず 可愛い女房と 言われて欲しい いつも笑顔を 忘れずに ついて行くんだ 信じた人に |