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花帰葬 |
| 08.8.11 |
| 精霊流し(8月) |
蝉時雨の中、町に辿り着いた頃には、世界はオレンジの光を帯びていた。 「なんだろ…すごい人…」 呆然と花白が呟く。 大きな川の袂にあるその町は、規模の割に沢山の人で賑わっている。 まるで町人全員がそこに集っているかのようだ。 音楽と歌が広場を満たし、オープンテラスでは既に程よく酔ったおじさんが、何度目かの乾杯にグラスを鳴らしている。 「おい、はぐれるなよ」 「君は目立つから大丈夫だよ」 玄冬と花白はその人波を縫うように歩を進め、町の入り口付近にあった手頃な宿に部屋を取った。 「今日はお祭りがあるのさ」 部屋を案内してくれた女給は、二人に微笑みかけながらそう言った。 小太り気味の中年女性だが、その面立ちは人柄の良さと往年の美貌を窺わせている。 真夏でも砂塵防護と日除けの為に羽織っていた薄手のマントを畳みながら、 興味を惹かれたらしい花白が女給に話の続きを促した。 「ここらじゃ割と大きなお祭りでね、盛大に行うんだ」 「へぇ〜」 「もう少し暗くなったら川へ行ってごらん。そりゃあもう見事なものだよ」 私ももうじき仕事が終るから、子供達を連れて見に行くつもりさ、と女給は豪快にからからと笑った。 女給が部屋を出て行くと、くるりと花白が玄冬を見る。 既に何を言い出すのか理解していた玄冬は、花白が口を開くより先に小さく笑みを浮かべて言った。 「行ってみるか?」 「うん」 花白が満面の笑みで答える。 まだ早いけど、ご飯食べてればすぐ暗くなるよ、と待ちきれないのか、玄冬の腕を引く。 やれやれと言った風に小さく息を吐くと、玄冬は腰を上げた。 こうして幾つの町を渡り歩き、色んな景色や人と出会ってきた――― この世界は誰かによって作られた小さな箱庭と知ってなお、この世界は自分達にとって広く、 知らぬことばかりだと驚かされる――― そして、そんな世界を遺してくれたのは………――― 空はすっかり暗くなり、町のあちらこちらに掲げられたランタンや蝋燭の光が、町の輪郭を浮かび上がらせている。 人が川に集まり始めたので、祭りのメインが始まることに気付いた。 二人も岸辺にやってくると、既に見物の人でごった返している。 「………肩車でもするか?」 「いらないよ」 冗談なのか本気なのか、玄冬の言葉に花白は短く返して、恨めしそうに長身の親友を見上げる。 これでも僕だって少しは背が伸びたんだからな、と言わんばかりに。 「しかし、これだけ人がいると………」 「お〜や、お客人じゃないかい」 不意に声をかけられ、出所を探ると、そこには宿で会った女給が大きく腕を振っていた。 その下には10歳になるかならないかくらいの少年を筆頭に5人の子供達がいる。 宿で話したとおり、子供を連れて祭り見物に来たようだ。 小さな子供がいる所為か、前列の特等席を陣取っている。 女給は人ごみを掻き分けて、二人を自分達の所に誘(いざな)った。 「すみません」 「いーっていーって。せっかく来たんだ、この町自慢の祭りを見ていってもらわないとねぇ」 そして、川の上流を指差した。 「ああ、ほら、来たよ」 それは小さな光だった。 光は闇の中に一つ増え、二つ増え、終いには川を覆いつくさんばかりに溢れる。 色も赤や橙、青など、まるで光の洪水だ。 「わ…ぁ…」 すぅっと足元の川を何かが流れていく。 小さな小さな舟だった。 その上に綺麗な色紙(いろがみ)で四方を覆われた蝋燭が立てられている。 蝋燭の光は色紙に描かれた文様や絵を浮かび上がらせていた。 「きれい………」 舟は幾つも川を流れ、蝋燭は川を埋め尽くした。 まるで光の川だった。 「灯籠(とうろう)だよ」 言葉を失い、ただ幻想的な光景を陶然と眺めている二人に、囁くような声で女給は言った。 「この辺りではね、この時期だけ死者の国の扉が開くと言われているんだよ。 そして、年に一度、その時にだけ死者は家族の元に帰って来るのさ。 数日前は魂が迷わず家に帰れるように白木を燃やして、煙を立てて、ここに帰っておいでって迎えるんだ。 そして今度はこうして………」 女給は川を流れる灯籠に目を向ける。 「川に灯籠を流して魂を送ってやるのさ」 女給の子供達が灯灯籠を指差し、時には追いかけながら言う。 「どれに父ちゃんが乗ってるのかなぁ」 「あ、あれ、お前が作った灯籠じゃねぇか」 「じゃああれかなぁ」 「父ちゃんバイバーイ、また来年帰って来てね」 子供達が灯篭を乗せた船に向かって手を振る。 女給のスカートにしがみつくように立っていた、小さな女の子の頭をそっと触れて、女給は言った。 「ウチは去年旦那が死んでね、今年は子供達みんなで灯籠を作ったのさ」 女の子の頭を撫でる女給の姿は、先ほどまでの豪快さが嘘のように寂しげだった。 「あの人も帰って来たかなぁ」 ぽつり、と花白が呟いた。 それは無意識に零れた言葉。 おや、と女給が花白を見た。 その視線でようやく気付いたのか、慌てて花白が口を押さえる。 だが、口から出た言葉は戻らず、女給は優しい瞳で花白を見た。 「あんたも、大事な人を亡くしちまったのかい」 まだ若いのに旅なんてしてるから、訳有りだとは思ったけどねぇと女給は言った。 何かを言いた気に、けれども何も言えずに視線を逸らした花白の頭にぽんと手を置いて、 代わりに玄冬が口を開いた。 「………俺達二人も親を亡くして」 「そうだったのかい。じゃあきっと帰ってきてるさ」 「いや………」 女給の言葉を否定しながらも、玄冬は笑みを浮かべていた。 「あいつは、俺がどんな道を選んでもずっと傍にいるって言っていた。 だから、俺はあいつが誇れるように生きると決めたんだ。あいつはきっとずっと俺を見ているから」 玄冬…と、囁くように呟いて、花白が驚いたように玄冬を見た。 「多分、こいつの親も同じだと思う」 「そりゃあ、違いないや」 女給はカラカラと笑った。 灯籠は流れる 人々の魂を乗せて 「さっきの話だけどさ」 川辺を離れて街路を歩きながら、花白は不意に声を掛けた。 祭りはまだ続いている。 だが、今日も歩き通しだった二人は、既に疲労のため眠気が訪れていた。 祭りの最中(さなか)の幻想的な町を、二人は宿に向かって歩を進めている。 「何だ」 「あの人が傍にいるって話だよ」 あぁ、と玄冬は思い出したように声を上げた。 「そりゃあ君達の所は仲良かったし、タカは玄冬に纏わりついてたから、きっと傍にいるだろうけどさ… あの人は…」 言葉を切って、口篭る。 それからようやく、搾り出すように言葉を続けた。 「あの人はきっと僕を嫌っていたから。僕はあの人の言う事なんか聞かなかったし、 最期まで望むようには出来なかった、しかも僕が………」 だから…と辛そうに言葉を紡ぐ花白の頭に、唐突に玄冬は大きな手のひらを乗せた。 そしてかき乱すように、盛大に頭を撫でる。 「ちょ!何すんだよ!玄冬!!」 距離を取って玄冬の手から逃れると、慌てて乱れた髪を直す。 そして恨めしげに玄冬を睨み上げた。 玄冬はそんな花白に溜息を一つ吐く。 「白梟は、俺を殺さない以外の事は全部赦していただろう」 「は?」 「最期の最期まで、お前が白梟にした事も全部。そもそも多分白梟は、俺とお前が最初に出会った時からずっと気付いていた。 でも、お前の意思を尊重して待ってくれていただろう、ギリギリまで。嫌いな奴がそこまでしてくれると思っているのか」 「え?…」 「白梟もきっとずっと傍にいて、お前を見てるさ」 「………」 俯いてしまった花白に近付くと、今度は優しくその頭に手を置いた。 「だから、見せてやればいいんだ。自分の選んだ道を後悔していない事を。自分が幸せである事を。 それできっと白梟はわかってくれる」 「玄冬………」 始めは大人しく玄冬に頭を預けていたが、次第にその肩が小刻みに震えだす。 それからついに爆発したように花白が声を上げた。 「僕を子供扱いしないでよね!!」 普段の調子に戻った花白に安心したのか、玄冬は小さく笑みを浮かべて手を下ろす。 むぅっと頬を膨らませていた花白だったが、急に目を細めて妖しく笑う。 「宿に着いたら覚えててよ、今の後悔させてあげるから」 その花白の言葉に、玄冬は真夏の夜だというのに、背中に冷たい汗を感じた。 「………ほどほどにしろよ」 「後悔させるてあげるって言ってんじゃん」 にっこりと満面の笑みを浮かべる花白に、玄冬は盛大に溜息を吐いた。 祭りの夜はまだ続く――― |
K家姉 妄想日時:’08.8.10 妄想場所:私邸にて BGMには是非さだ●●しを…ってゆーかグレープ? って嘘です(笑) あちらは長崎のちょっと変わった精霊流しをモデルにしてますが、今回書いたのはウチの近所の精霊流しです。 派手な爆竹も騒ぎも無いけど、花火大会と併せて流される灯籠は本当に幻想的で綺麗なのでした。 最近は環境問題の所為か、すっかり灯籠の数が減りましたが…あれ?まだやってんのかな?今年は見に行こうかな? これをテーマにとは結構前から考えてたのに、相変わらず行き当たりばったりで書いてしまった。 で、オチがつかなくて、BLオフにしようと思ってたのに、どことなくBLオンに…。 いや、きっとアレは酒でも呑むんだ!酒乱宣言なんだ! ってことでダメ? どうぞお好きなように取ってください(笑)。 基本、歳時記は打鶏肉世界ベースで書いてましたが、これだけは本編その後です。 |