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花帰葬 |
| 08.9.28 |
| autumn equinox(9月) |
白梟は開けた扉を即座に閉めた。 たった今、目の前にあった光景を、眉根を寄せ反芻する。 幻であってくれ、見間違いであってくれと望みを託してもう一度扉を開け……… 「やぁ」 そこには夢でも幻でもなく、見知った顔―――黒鷹の姿があった。 白梟は急激に頭痛が訪れるのを感じた。 そしてそれはすぐに耐えられないほどになる。 渋面を露わにする白梟に、黒鷹は椅子に腰掛けたまま、締まりの無いにやけ面でひらひらと手を振った。 「久しぶりだねぇ、白梟。体調が悪そうだが、大丈夫かい?」 「誰のせいで頭が痛いと思っているのですか!!」 我が物顔で椅子に座っている黒鷹に、珍しく白梟は感情を昂ぶらせた。 そして、そんな自分に気付き、落ち着くために長く重い息を吐く。 「黒鷹、何故貴方が私の部屋でくつろいでいるのですか」 「ん?いや、たまにはあなたの顔を見たくなってね」 感情を押し殺して、なお怒りのオーラを醸し出す白梟とは対照的に、黒鷹はあくまで軽薄な態度を崩さない。 白梟の怒りなど、そよとも感じていないかのように。 それがなおさら白梟を激昂させる。 一度は落ち着かせた…というより、無理矢理押さえつけた怒りが、またふつふつと湧いてきた。 「私は貴方を招いた覚えなどありません!!そもそも私達は敵対関係にあるのですよ!つまり………」 つまり、黒鷹は今まさに敵の腹中にあるのだという事を今更思い出し、ようやく白梟は自分を取り戻した。 突然現れた黒鷹にペースを乱されたが、ここは白の力の本拠地、彩の城。 ほんの少し声をあげれば、兵がすぐにでも飛び込んで来るのだ。 それに、自分が守り育てている救世主も――― 対する黒鷹は、本来自分が導くべき“玄冬”を連れてきてはいないようだ。 もちろん、救世主のいる城へなど連れてくる筈などないのだが。 こちらには救世主とかつての救世主の子孫がいる、今なら力の劣る自分でも充分に勝算はある。 そうだ、いっそここで黒鷹を葬ってしまえば守護を失った“玄冬”など容易く見つけ出し、葬り去る事ができるだろう。 むしろ、不用意にこの城へ黒鷹がやってきたのは好都合。 あとは救世主達を呼び寄せるだけ……… 怒りのオーラが不穏な空気に変わり、俯き加減で表情の読めない白梟から、ふ、ふ、ふ、と不気味な笑い声が漏れてきて、さすがの黒鷹も身を引いた。 「し…しろふくろう………?」 「黒鷹、ここで会ったのが100年目です」 「いやぁ、君が塔を出て行ってから、そんなには経ってないと思うぞ〜。精々25、6年やそこらじゃないか?」 「くだらない突っ込みは不要です。さぁ、覚悟はいいですね」 「か…覚悟って…」 黒鷹は笑みを引きつらせ、息を飲んで白梟の次の言葉を待った。 冷たい汗が頬を伝う。 緊迫した空気の中、白梟はゆっくりと顔を上げ、感情の読めない宝石のような碧の瞳で黒鷹を見据えた。 口元を細い三日月のように歪めながら。 「もちろん、私と救世主の下にやってきたのですから、死を覚悟して来たのでしょう。 主に謝罪するくらいの時間は差し上げます。救世主が来るまでの間に済ませなさい」 「ま、ま、ま、ま、ま、待ち給え?!白梟!!」 ざざざざーーーーっっっと壁際まで後退して、黒鷹は首を左右に激しく振った。 「物騒な事を言わないでくれ?!」 「おや?私はてっきりそのつもりで私の前に姿を現したのだと思いましたよ」 誰だってそう思うでしょう、ねぇ………と白梟は目を細めて嗤う。 とても洒落とは思えなかった。 「そうじゃない?!そうじゃなくて、こんな日くらい偶には昔のように君と話がしたかっただけだ!」 「こんな日………?心当たりがありませんね、何かの記念日でもありませんし」 黒鷹の弁明に、白梟は思い出すように空(くう)を見る。 「いや…そうじゃなくて、今日は秋分の日だろう」 「そうですが、それが何か?」 くだらない時間稼ぎだと思いながら、昔馴染みのよしみで黒鷹の言葉を待った。 ただし手に呼び鈴を取りながら。 白梟が話を聞く態度を見せてくれたのに安堵したのか、ようやく息を落ち着かせて黒鷹は語りだした。 「今日は昼と夜が等しくなる日だ。こんな中立な日くらい黒の鳥だとか白の鳥だとか役目を忘れて、 ただあなたとお茶でも飲みたいと思っただけなんだよ………主がいた頃のように」 その言葉に、白梟はじっと黒鷹の金眼を覗き込んだ。 真意を探るように。 しばしお互い睨み合うように視線を交わし………、やがて白梟がふぅと息を吐いた。 黒鷹を探っていた瞳をそっと伏せると、金色の長いまつげが翳を落として、白皙の美貌に愁いを添える。 白梟は手にしていた呼び鈴を、ゆっくりとサイドテーブルに置いた。 「………貴方は卑怯です、黒鷹」 「まぁまぁ、座り給えよ。今、茶を淹れよう」 ここ十数年は淹れてもらうばかりで淹れることなど無かった、と楽しそうに話す。 どうやら“玄冬”との関係は良好らしい。 むしろ親バカに過ぎるのでは、と思うほど相好を崩しながら、いそいそと黒鷹は用意されているティーセットへと向かう。 自分の部屋であるのに椅子を勧められた白梟は、腑に落ちないながらも言われたままに腰掛けた。 やがて、紅茶の芳香が漂ってくると、まるでまだ主が箱庭を作っていた―――あの塔にいた頃に時が巻き戻ったような気さえしてくる。 もちろんそれは錯覚で、箱庭は完成し、鳥たちはお互いの役目に就き、そして………もう主はこの箱庭にはいない。 だが………、白梟は眼を閉じた。 この目を開ければ主がそこにいて、黒鷹がいて、箱庭はこれから主の理想の世界を紡ぎだす………そうであればいいと願った。 カタリ、と茶器の立てる涼しげな音と共に、紅茶の香りが強くなる。 同時にそれに劣らぬ甘いいい香りも漂ってきた。 「これはウチの子が焼いたお菓子なんだ。古い友人に会いに行くと言ったら、手土産代わりに持たせてくれてね。 どうやら村の子からまた新しいレシピをもらったらしい、新作の菓子みたいで、実は私もまだ食べていないんだ」 嬉しそうな黒鷹の言葉は、白梟の儚い望みを無慈悲なまでに打ち砕く。 わかっていた事とはいえ、現実を直視するために瞼を開くには、幾らかの力と勇気が必要だった。 視界を取り戻した白梟の目に映るのは、琥珀色の紅茶と食欲をそそる、素朴だけれども美しい焼き菓子と、それから黒鷹の笑顔だった。 「食べてみ給え。あのこの料理は絶品だ、私が保証する」 「あなたの保証など何の意味もありません。そもそも………私が、敵から饗された物を口にするとでも?」 「どっちにも毒なんて入っていないぞー」 そんな事は承知していた。 黒鷹はそのような真似はしない。 だが、夢を振り払って現実を受け入れるためには、今の互いの立場をはっきりさせておく必要があった。 ここは三人で過ごした春の陽だまりのような塔ではなく、主無き世界で主の理想を叶える為に、また“玄冬”を打ち倒す為に白梟が手に入れた本拠地なのだ、と。 今、目の前に座っているのは、時には兄のようですらあった黒鷹ではなく、「敵」である黒の鳥なのだ、と。 例え目の前でニコニコとお茶を啜る黒鷹が、かつて塔で共に過ごした時間(とき)と重なっても。 「ところで、あなたの所の救世主殿はどうだい?」 「敵に話すことなどありません」 「つれないなぁ、ウチの玄冬はだね………」 「聞いてもいない事をペラペラ喋らないで下さい」 熊がどうしたとか、家庭菜園がどうしたとか、最近黒鷹と食事の事で対立する事が多くなったとか………黒鷹の話は終わりが見えずに、うんざりとした白梟は言葉を遮った。 溜息を吐く白梟に、黒鷹はふっっと瞳を和らげる。 それから、今までのおちゃらけた語り口はどこへやら、稀にしか聴けない深い落ち着いた声で、呟くように言った。 「最初のあの子は主と私を変えた………あの子が起こした事は奇跡とすら言ってもいい。 失敗作とわかるや否や、即座に箱庭を廃棄してきたあの方が、失敗とわかってなお、この箱庭を遺したのだから。 ………恐らくこんな例外は後にも先にもないだろう、永い時を主と共にあった私にはわかる。きっと今もどこかで箱庭を作り、また壊しているだろう」 「………主は…いつかお帰りになる為にこの箱庭を残したのです。だからこそ、私は主の鳥として主の理想(のぞみ)の世界を造ります。たとえ………」 白梟は挑むように黒鷹を見据えた。 「幾度“玄冬”を殺しても」 「主はもうここには戻られないよ」 残酷な現実を突きつけるだけだと知っても、言わずにはいられなかった。 例え、今の白梟にそれが受け入れられなくても。 だからこそ憐れみさえ籠めた眼差しで、黒鷹は白梟の視線を受け止める。 予想通り、白梟は黒鷹の言葉を強く頭(かぶり)を振って否定した。 「いいえ…いいえ!主はいつか必ず戻られます!!この箱庭が、主の望む姿になった時に!」 人が人である以上、「箱庭が主の望む世界となる」事も「主が一度捨てた箱庭に戻る」事も、永劫に訪れ無いだろう。 主と共に過ごした永き時の旅の果てに、黒鷹は諦観と共にそれを悟っていた。 だが、希望無くして人は生きられない。 それまで奪うことはさすがの黒鷹にも出来ずに、それ以上事実を語るための言葉を呑み込む。 代わりに自分が希望(のぞみ)を託している我が子を思って、視線を遠くへ彷徨わせた。 「あれ?白梟、お客さん来てたの」 テーブルの上にある2つの茶器を見て、花白はそう言った。 ティーセットの他にもテーブルの上には、菓子が置いてある。 来客の土産物だろうか、部屋に似つかわしくない無骨な手編みの籠に入っている菓子は、半分くらい無くなっていた。 白梟は花白に背中を見せたまま、バルコニーに繋がるガラス窓の前に立って、外を見ている。 窓の外は既に暗い夜の帳が下りていた。 いつも凛とした佇まいの白梟が、今日は何だか小さく見えて、花白は訝しがる。 よほど疲れる来客でもあったのだろうか。 白梟は花白を振り向きもしないまま、要件のみを口にする。 「呼び立てたのは今日から城の結界を強化する事を伝えるためです。あなたには負担をかけますが頼みますよ」 「はい、わかりました」 「では、下がってよろしい…それから」 ようやく白梟は花白を振り返る。 その白梟の顔には冷酷なまでの笑みが浮かんでいた。 凄惨な表情に、思わず花白は息を飲む。 「その菓子を処分しておくように。目障りです」 花白はどもりながらも辛うじて返答し、菓子の入った籠を腕に抱えて、白梟の部屋を後にした。 扉を閉めると、そっと扉に背中を預ける。 訓練直後の呼び出しだった事、夕食までの空き時間であった事もあり、籠から漂う芳しい匂いは抗え切れないほどの誘惑だった。 思わず小さく腹が鳴る。 ―――減ってるし、変な匂いや色もしてないし、白梟も何も言わなかったし、毒ってことは無い…と思う 空腹のあまり言い訳しながら一つ菓子を取った。 ゆっくりとそれを口に運ぶ。 期待を裏切らず、菓子は非常に美味しかった。 城のパティシエが作る華麗かつ上質な菓子とは全く異なる。 だが、優しい味わいは、花白にとってむしろこちらの方が好ましいほどだった。 初めは恐る恐るだったが、次第に手が口に菓子を運ぶ速度が早くなる。 ―――白梟はこのお菓子が無くなればそれでいいみたいだし、だったら食べちゃっても同じだよね 菓子を頬張りながら、花白が思うことは不可解な白梟の笑み。 いや、自分はあの表情を知っている。 “玄冬”の事を語る時、白梟が浮かべるものと同様だ。 ならばきっと来客の用件は“玄冬”の事だったに違いないだろう。 「早く見つかるといいのに」 ―――そうすれば背負わされた役目などとっとと終わらせて自由になれるのに 続く言葉は口にせずに、そう花白は一人ごちた。 代わりに口の中で、菓子がさくりと音を立てた。 失敗したなぁ――― 黒鷹は高い木の枝に腰掛けながら、天を仰いだ。 満月を過ぎたとはいえ、月は未だ半身を夜空に晒して皓々と闇を照らしている。 「どうにも焚き付けてしまったらしい」 恐らく白梟は本腰を入れて玄冬を追い始めるだろう。 あの人も気付いている筈だ、これが―――最後の秋なのだと。 だからこそ、冬へと至り始める今日、本格的な対立を前に白梟と昔のように話をしたかっただけなのだが。 もっとも本格的な対立など、白梟の中ではとっくの昔に始まっていたであろう………玄冬が産まれたあの日から。 「さて、私はどうしようか」 呟いて、黒鷹はそっと眼を閉じた。 そして、それぞれの冬がやって来る……… |
K家姉 妄想日時:’08.9.28 妄想場所:私邸にて あ…アウト(瀕死) スイマセン、書いた時点で時期外れです。 さて…(コホン) 主人公不在イエーイ☆ いや、名前だけはいっぱい出てきてますがね。 終わってしまった季節ネタを書くのはさすがに胸が痛みましたです、ハイ。 来月はもっと早く書きたい…な(遠い目) 今回も色々葛藤がありました。 「え?こうするかな?」と思ったところは♪笑って許して下さいませませ(汗) つか「秋分の日」意味無いじゃん(笑) 相変わらずお題を活かしきってないよ、私orz タイトルは割とまんまで、ラテン語で秋分の日です。 |