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花帰葬 |
| 08.2.9 |
| Commedia dell’arte |
「長、この仕事を私に…ですか?」 そう言って、彼は敬愛する自らの主(あるじ)に視線を向けた。 拠点としている砦の中、長の顔は逆光になって見えない。 ただ、表情に乏しい長の事、相も変わらずの仏頂面だろう。 「ああ、お前に預けたい。この戦乱の世、俺とていつまで生き延びられるかわからないからな。 俺に万が一の事があったら―――頼む」 「長………」 彼は歓喜に咽(むせ)びいた。 彼に与えられた仕事は、本来は彼ごときに与えられるような役目では無かった。 それはまさに『長の代行』とでも言うべき職務。 それを仰せつかって、彼はただただ深く頭(こうべ)を垂れた。 長に信頼されている―――それだけでも彼の胸中は感動に震え、涙が溢れんばかりだというのに、 容易く余人に預けられないような仕事を任せられた…それは長の片腕と認められたも同然だった。 こみ上げるものに、頭を下げた姿のまま打ち震えていると、陽が翳ったのか、部屋の採光がわずかに落ちる。 それを合図に頭を上げると、先ほどまで強すぎる光のために見ることが出来なかった長の表情が目に映った。 そこには息を飲むほど淡く…しかし満足気な笑みが浮かんでいた。 そして彼(か)の者の存在は裏切りの汚名と共に失われた――― 一枚板とは言い切れなかった部族衆を纏め上げ、時には他の組織とまで手を組んで、 戦を勝利へと導いた英雄が、 平和を築いたその手でこの世界そのものを滅ぼそうとした。 彼の者にとって、この戦にはどのような意味があったのだろう。 ただの気まぐれか、それともこの世界の滅亡へのカウントダウンをその手で早めようとしたのか。 なるほど、確かにこの戦では数多くの命が失われた。 彼の者も数多くの「敵」を屠った。 時には策を練り一軍を罠に陥れ、時には敵軍の勇将と矛を交えて。 その度世界は終焉に近付く………それをあの無表情の裏で嘲笑していたのだろうか。 「長………」 かつて部族衆の長であったものの片腕を担っていた男は、雪の溶けかけた庭を回廊から眺めていた。 その表情は沈痛の一言に尽きる。 誰よりも彼の者を近くで見ていたのは彼であった。 だから、彼の者がどれほどこの戦争の終結を………争いの無い穏やかな日々を願っていたのか、 彼は良く知っている。 それすらも偽りだったというのだろうか。 彼は強く目を瞑って、ただ首を振った。 それは嫌な想像を振り払うようであり、駄々をこねる子供の否定のような仕草でもあった。 彼は信じ仕えていた主を失いたくなかった。 不器用だった彼の主がその実、裏で彼を………世界を謀(たばか)っていたなど認めたくなかった。 だが、現実はどうだ。 彼の者は滅びをもたらす魔王として、救世主の手により散った。 それからというもの、ここ数年積もれど溶けることなど無かった雪が、春の陽光に勝てずに水となってゆく。 そう―――春、この数年巡る事の無かった季節がついにやって来たのだ。 ただ一人の死によって。 ―――認めざるを得なかった 彼の者は子供の頃、お伽噺に聞いていた恐ろしいものであったのだと。 世界を殺す存在だったのだと。 今まで彼の者を慕っていた者達は手のひらを返したように彼の者を責め立てた。 その言葉が彼の者の耳には届かない事だけが救いだろう。 それほどまでに彼の者を糾弾する言葉には酷いものがあった。 だが、彼は熱狂していく人々と同じように、彼の者を恨む事は出来なかった。 例えそれが、彼の主が望んだ事であったとしても。 同じ理想(ゆめ)を見ていた。 同じ平和の夢を。 それだけは、やはり信じられたから。 雪が溶け、春が来たのと同じように、彼の者が平和な世界へと導いた事実もまた変わらないから。 「だから、あなたが目指したものを私が引き継ぎます。あなたが我々に残してくれたこの世界で………」 そう呟いて胸に抱くように抱えている、革の装丁を施した硬い板の表紙を強く握り締めた。 この手の中には平和への階(きざはし)があった。 彼の決意を聞き届けたのか、春の日差しを反射した残雪がきらきらと輝く。 それはかつて見た、彼の者の微笑を思い出させた――― 遠くから呼ばれて彼は振り向いた。 式典用の軍服に身を纏い、近付いてくる男を彼は知っていた。 彼の主を斃した者。 唯一人、彼の者の命を奪う事が出来る者。 『救世主』 「調印式の準備が整いました」 「そうですか」 「ご案内します」 「痛み入ります」 ごく短い会話の後、先導する彼の数歩後ろを歩き始める。 少し行ったところで、不意に『救世主』が話しかけてきた。 「それにしても見事でしたね。突然盟主を失ったというのに、想像したよりも部族衆の混乱は少ない。 時間をかけずここまでこれたのも、貴殿の手腕によるものでしょう」 「我が主は万が一に備えて、必要な事は総て私を含め主(おも)だった者に叩き込んで下さいましたから」 少しでも彼の者を擁護しようとするならば、まるで魔女狩りのように糾弾される世の中だというのに、 彼はむしろ誇らしげにそう答えた。 そしてあの悪魔の名ではなく、「我が主」と。 それは彼から敬愛する主を奪った仇への、意趣返しの意味もあった。 挑むような目で先を行く『救世主』を見ると、その肩が震えているのに気付いた。 笑いを噛み殺しているのだ。 彼は彼の主の仇敵だというのに、まるで親しい友を思い出すかのように笑っている。 怪訝に思いながら『救世主』の様子を伺っていると、突然彼は足を止めた。 そして呟く。 「なんだ、全部判ってたみたいじゃないか、アイツ」 突然砕けた彼の態度に、彼は戸惑った。 そしてこの、やけくそとも敗北宣言とも歓喜とも取れる言葉は、彼に対するものなのか、独白なのか量りかねる。 困惑する彼にはお構い無しに、『救世主』は言葉を続けた。 「自分が要だったくせに、自分がいなくなった後もちゃんと組織が回るように周到に準備していたってワケか。 ………不器用そうにみえて、結構計算高いじゃん」 それから唖然として自分を見ている彼に気付いたのか、『救世主』は再び態度を改め、 「お見苦しいところをお見せしました」 と謝罪を口にする。 そして再び歩き出す。 目的地はすぐそこだ。 もはや何も言わず先導する『救世主』の背中をただ彼は見ていた。 ついさっきまではこの男を仇だと思っていた。 だが、実際は違うのかもしれないと思い直し始めていた。 たった今垣間見せた、彼の者を語るときの眼差しや表情に、『救世主』にとってもまた、 彼の者は『玄冬』などという宿敵ではなく、同じ理想(ゆめ)を見る『同志』だったのではないかと。 ふいにその背中が止まった。 大きな石造りの重厚な扉の前であった。 「こちらが式典会場となります」 すっとその身が脇に逸れた。 この扉の向こうには、既に6人の男達が集まっているだろう。 扉の中に入れば、自分も含めた7人で、この胸に抱えた書面に署名する。 そして彼らは『王』になるのだ。 書面には細かく土地の境界線や、互いの権利について記されている。 もう一度彼は、胸に抱えた硬い表紙を強く抱きしめた。 そして、案内役を終えた『救世主』に問いかける。 こうして彼と話すのは、もうこれきりとなるだろう。 「貴殿は………」 『救世主』はただ首を巡らせて彼の言葉の続きを待っていた。 一呼吸置いて彼は最後に彼に聞いてみたかった言葉を紡ぎ出す。 「貴殿は、本当に王にならなくて良かったのか?」 突然の彼の問いに『救世主』はやや驚いたようだが、微かに瞳を伏せて、言葉を返す。 「私が王になると言えば、跡目争いでまた諍いが起こりますよ。憂いは先に払っとくべきです、『彼』のようにね」 それに…と言って彼は小さく笑った。 「新たな国の命名権を授かっただけで充分です」 楽しみにしててくださいね、と同じ秘密を共有する者の瞳でそう告げる。 彼は溜息を吐く素振りで言葉を放つ。 「そうか、残念だよ。貴殿なら良い王になると思ったのだがね」 「私は誰かと違って人の上に立つ器ではありませんよ」 そう言って笑いあう。 世界中の誰に認められなくても、彼の者を否定しない者達の邂逅はそこで終わりを告げた。 そして彼は精緻な意匠を凝らした取手を握り締め、ゆっくりと扉を開く。 彼の主が目指した平穏な世界を築くために――― |
K家姉 妄想日時:’08.2.6 妄想場所:自宅 SSはあくまで「ショート」ストーリーなので、色々端折ってみました。でないと、ズルズル長くなる予感が…(苦笑)。 あの喜劇の真相に気付いてる者が他にもいる筈だ…むしろいて欲しい!って事で捏造(笑)。 もしかしたらもう一回くらいこのネタ引っ張るかも。 蛇足ながらタイトルの「Commedia dell’arte」について。 砕いて言うと、16世紀中ごろイタリアで発生した、登場人物が決められた台本の無いアドリブの劇で、 役者は仮面を被って喜劇を演じるってーものだそうだ。ちなみに読み方は「コメディア・デラルテ」。 このSSについて言えば、定められた役名と仮面を被って喜劇を演じた役者と、 その観客ってカンジで取ってもらえれば…。 |