花帰葬
初代救世主×初代玄冬         
09.5.6       
 一炊の夢

「一炊の夢って知ってる?」
無防備に自分の膝に頭を預けている男が、真っ直ぐに自分を見つめて言った。


緑萌える季節、穏やかな日差しと優しい風に誘われて庭園に出た。
一画にある大きな樹の下に腰掛けると、生い茂った葉の隙間をぬって、木漏れ日が優しく降ってくる。
その温かさに、彼は幹に背を預けたままウトウトし始めた。
ふと、近付いてくる気配を感じて、彼は眼を閉じたままそちらに注意を向けた。
気配は存在を押し殺し、確実に自分に近付いてくる。
相手に気付かれないように得物を探し、彼は心の中で苦笑した。
自分は何て平和に慣れたのだろう。
いくら自分のテリトリー内とはいえ、武器も持たずに無防備な姿を晒してしまうなんて。
せめて初撃はかわすつもりで寝たふりを装い、相手の動向を探る。
相手も、こちらを窺っているらしい。
少し手前で立ち止まり、探るような気配を感じた。
そう長くない時間が経過した後、予想外の行動に彼は相手の動きに全く反応できなかった。
気配の主はコロリと寝転がって、彼が胡坐をかいていたその足に自分の頭を乗っけてきたのだ。
驚いて眼を開ければ、そこにあるのは蕩けるような笑顔の『救世主』。
「起こした?」
「いや、起きてた」
多分、彼は自分が起きているのに気付いていた。
そうでなければ、この様な大胆な行動に出ずに、そっとしておいてくれる筈だ。
気配を殺していたのは油断を狙って殺すためではなく、寝てるように見える自分を起こさないよう 気遣ってのこと、様子を窺っていたのは彼が本当に寝ているのか確めるためだ。
そう、昔とは違う。
今は誰も彼に危害を与える者などいないし、与える事など出来ない事を知ってしまっている。
ただ一人、目の前の彼以外には………。
彼は小さく笑った。
それは自嘲の笑みだった。
「どうかした?」
「いや、どうも身についた習性はそう簡単には直らないものだ、と思って」
ここには彼の命を狙う異母兄弟たちの刺客はいない。
彼らは皆、気が遠くなるほど遠い昔の人たちなのだから。
そして、自分達も―――

そんな事を考えていた時だった。

彼がそんな事を言い出したのは。

「一炊の夢…というと…」
「あ、知ってる?不遇な若者が仙人に愚痴を零している間に眠っちゃうんだよな。で、それからそいつは 栄辱も貧富も全て経験し、最後は年を取って大病を患って、王に惜しまれながらも死ぬ。けど、目が覚めたら ご飯ができるまでのうたた寝の間に見た夢だったってヤツ」
本当は教訓を含んだ話なんだけどね、と苦笑いを浮かべてそう言うと、『救世主』は膝枕に横たわったまま、 スッと天を仰ぐように両手を差し出した。
それで何を求めているか気付いた『玄冬』は、ゆっくりと顔を近づける。
優しく頬を両手に包まれたまま、彼は『救世主』に口付けた。
『救世主』は彼の首に両手を回して、絡めるように抱きしめる。
「こうやってあり得ないような幸せな時間が続くとさ、怖くなんない?」
笑みを浮かべているが、膝に、首筋に、小さな震えが伝わってくる。
自分のではない、『救世主』のものだ。
「これがうたた寝の間に見ている夢かもしれない…からか?」
「だってさ、ホントにあり得ねぇんだもん」
連合軍に滅ぼされていた街で養父に助けられるまで彷徨っていた、沢山の仲間を戦いで喪った、 全てが終わったと思ったと思ったのに、とどめと言わんばかりに出逢った運命の相手を、大した言葉を 交す間もなく自分の手で喪った。
それから死ぬまでは抜け殻のように生きた。
幸せそうに笑う自分が他人事にしか思えなかった。
そして死んだ―――次の彼に逢うために。
それが全て『一炊の夢であれば良かった』のに………。
夢みたいなのは今の生活のほうで、体に染み付いたものが、結局そちらが現実であった事を思い知らせる。
だから怖い。
この瞬間(とき)が泡沫の夢なのではないかという事が、何よりも今、傍にいる彼を失うのが怖い。
その不安は『玄冬』とて同じだった。
だけど目の前で恐れ慄いている『救世主』を前にそれを口にすることは躊躇われた。
だから代わりに彼は再び口付けた。
薄く唇を開いて彼を誘えば、溺れた者の様に『救世主』は彼を求める。
官能を誘うというより、確かめ合うような荒々しいキス。
やがて長い長い口付けの後、どちらとも無く唇を離した。
体勢の所為もあるが、息をつく間もないその口付けに、互いの息は普段のものより上がっていた。
その酸素を求める呼吸の荒さが、鼓動の早さが、それからどれほど乱暴でも頭の芯が溶けてしまいそうな 口付けの甘さが。
「夢だと思うか………?」
いつもより掠れた低い声。
その言葉に紅い眼が見開かれる。
それから、何度もその言葉を、目の前の淡い微笑を、自分を見る深い蒼の瞳を確め、
「いいや」
と『救世主』は目を細めて笑みを浮かべた。
それは気休めかもしれないけれど、『今の自分』というのを確めるのには充分で。

『今』を無為にしないために
恐れることも時には必要で
目覚める時がきても後悔しないように
日々を大切にすればいい

「一つだけ約束して欲しいんだ」
そっと頭を引き寄せて、『救世主』は『玄冬』の瞳を至近距離で覗き込んだ。
「もしこの夢から醒める時には、一緒に目覚めような」
例えばうたた寝の間に見た束の間の幸せな夢だったとしても、夢の中では一生とも言える 長い長い時間。
だから『今』の自分には充分な時間があるのだと信じたい。
「もう二度と、遺されるのはご免だからな」
拗ねるような甘えるような口調に隠された本当の気持ち。
「ああ」
頷いて、『玄冬』は求められるまま、三度目の口付けに応じた。


今度は、ただ甘く、優しい時間のための穏やかなキスだった―――




K家妹
妄想日時:’08.11.3
妄想場所:

色々考えてはいますが、ひとまず細かい事は気にせずひたすら初救初玄をイチャつかせました。
基本的に男前の受が好きなので、うっかりすると逆CPに見えなくもない…というのが、 K家の初救初玄の基本です。
というか、あんだけ懐の広い人だから、プライドもこだわりも全部置いて受けになってくれたんだよ!