花帰葬
王子×従者         
08.11.29         
 愛のままに我がままに僕は君だけを傷つけない:side青年・2

それは、彼にとって青天の霹靂とも言うべき事態―――

彼は歴史を感じさせる豪奢な劇場の前に立っていた。
周囲には他にも沢山の人たちが、今か今かとその時を待っている。
高級なスーツを着た紳士、美しいドレスを纏った貴婦人、手帳を手にした記者らしき者達………それらに抜かり無く目を光らせる。
彼らが確保したそのスペースに入ってくる者がいないか…不審な者がいないか。
やがて、一台の無骨な馬車が辿り着いた。
その中から出てきたのは、近衛隊の同僚、先輩、そして上司。
近衛隊隊長は、彼の姿を認めると真っ直ぐにやってきた。
「会場の状況はどうだ」
「今のところは抜かりなく、と言ったところか。不審人物も特に確認されていない」
「そうか」
そう言う隊長は機嫌が良さそうだ、普段よりも眉間に寄せている皺の数が少ない。
「もうじき王子が到着される、引き続き油断無くな」
「ああ」
上司に対してぞんざいな口のきき方だったが、もはや矯正する事を諦めていた隊長は、彼の肩に軽くぽんと手を置いた。
それは口には出さない信頼の証のように。
そのまま隊長は王子を出迎える為に、指示を飛ばしながら歩み去る。
ふう、と彼は息を吐いて空を見上げた。
かつての上司とのやり取りを思い出しながら
―――「会場警護?」
―――「そうだ、王子直々の指示だ。お前を会場警護の責任者とする」
―――「俺は、つききりで王子の身辺警護をしなくていい、という事か」
―――「そうだ。まあ、王子が会場入りしたら、そこからはいつも通り身辺警護となる」
―――「何を考えているんだ、あいつは………」
―――「それは同感だ。まぁそれはともかく、会場警護は王族の安全確保の為に非常に重要、かつ重大な任務だ」
―――「それはわかっている」
―――「だが………お前になら任せられる」
能力を認められるのは嬉しいことだ。
だが、あれ以来彼の心には妙なわだかまりが残っていた。
―――王子が自分を遠ざけるような事を言い出すとは―――
ほんの僅かな間とはいえ、だ。
勿論それは喜ばしい事なのだろう。
いつも煩く纏わりついてくる王子が、自分から距離を置くようになる。
それは、王子としての自覚の表れとも言えるし、何より常日頃彼が口にしている世迷い言に飽き始めたのだろうとも言える。
だが、まさか王子がそんな事を言い出すとは………という衝撃の方が強かった。
隊長の執務室を出て、彼は思わず壁に背を預け、片手で口元を覆った。
まるでそれは自惚れの様だ―――と気付いたから。
当たり前のように王子が傍にいたから、いつの間にか王子が離れていく事なんて思いもしなくなっていた。
それが正常な姿で、自分が望んでいた事の筈なのに。
天を仰いで、彼は呆然と呟いた。
「何を…考えているんだ、俺は」
「どうかしましたか?」
声を掛けられて、彼ははっとした。
いつの間にか、思考が過去とリンクしていたらしい。
あの時の呟きが、思わず口を衝いて漏れていた事に気付いて、彼は誤魔化すように空咳一つした。
「何でもない。何かあったのか」
「あ、いえ。間もなく王子がお着きになるとの事です」
「そうか」
彼は深呼吸を一つして気持ちを切り替えた。
目に鋭い光が灯る。
「では各自持ち場へ。近隣の建物には」
「配置済みです」
「わかった」
短いやり取りと指示の後、彼自身もまた所定の位置についた。
遠くに、豪華な馬車がやってくるのが見えた。

馬車から降りた王子は、柔らかく笑顔を浮かべたまま一目彼の姿を見ようと集った人々に、優雅に手を振った。
「まぁ、何と立派になられて」
「ついこの間までは気負いのようなものがあったが、どうだあの堂々とした姿」
「本当に王となるのが楽しみなこと」
人々が口々にする賞賛の言葉と感嘆の溜息、それらを背後に聞きながら彼もまた、歌劇を鑑賞するために正装を纏った王子の姿に魅入っていた。
白を貴重としたその服は、誰もがわかる上質の生地と一流の意匠で、だが、王子にかかればそれすらも彼を引き立てるための小道具ですらない。
あくまで王子自身を輝かせているものは、彼自身から溢れ出るものだ。
ほんの一瞬にも満たない間だが、本来の職務を忘れて他事に気を取られていたことに気付いたのは、すぐに彼を見つけた紅い瞳に射止められたからだ。
自分の体を盾にするように、王子の傍に着く。
その彼の姿も普段とは違う、劇場という公式の場での警護のため近衛隊の正装を身に纏っていた。
華美ではないが、他の軍服とは一線を置く洗練されたそのデザインは、王族の傍らに在る事を考慮されて作られている。
王子は普段見せない貴公子然としたにこやかな笑顔を振り撒きながら、彼の為に敷かれた紅い絨毯を緩やかに進む。
王子の威厳と振る舞いを持って。

劇場で歌劇を見た後は、王室御用達の称号を得る為に集ったシェフ達の試食会に出席、それから名勝と言われている公園を散策して………
その全てに彼は付き合わされた。
いや、職務と言われればそれだけの事なのだが、公園を共に歩く事はともかく、自分の傍らに座らせて歌劇を鑑賞させ、本来なら口に出来ない筈の一流の料理人の食事を共にとらせたのは、 いくら何でも分を超えた扱いだった。
その度に、彼がどれほど胃痛を堪えていたのか、きっと王子はわからないだろう。
まぁ、自分も料理人の道を志したものとして、あの素晴らしい料理の数々を口にできたのは、勉強にもなり非常に嬉しかったのだが………。

城に戻ったのは、夜も更けた頃であった。

決して楽とは言えないスケジュールであったし、遅くなることは初めから予想されていたので、どこかに宿泊することも提案されたが、王子は頑なに城に戻ると言い張った。
私室に戻った王子は、脱力したようにベッドに倒れこむ。
「おい、手入れが大変だから服は脱いでから寝ろ」
「んーーーーっ、じゃあ、脱がせてよ」
律儀に私室まで警護のため付き添っていた彼は、渋面を浮かべて王子を見る。
対して王子は、顔だけ彼に向けてイタズラっぽくそう言う。
彼は深く溜息をついた。
「馬鹿、それくらい自分でやれ、子供じゃないんだから」
それから…と睨むように、王子を見据えた。
「今回みたいな事は二度とするなよ、他の奴等に申し訳が立たないだろう。公私混同にも程がある」
「あはははは、隊長の顔、どんどんスゴイ形相になってったもんね」
思い出しながら王子はケタケタ笑う。
「明日はお説教かなーーーーー」
「さすがに今日はぶっ倒れそうになっていたからな」
憐れな上司を思って、彼は眼を伏せた。
そして明日はきっと自分もとばっちりを喰らって、王子と並んで説教を喰らう羽目になるのだろうと、こめかみを押さえる。
ひとしきり笑い終えた王子は、ゆっくりと身を起こした。
ただでさえ身長差のある彼を、ベッドに腰掛けたまま真っ直ぐに見上げる。
「それで」
王子にしては躊躇いがちに切り出した。
「君はどうだった?」
「どうって………」
その王子の様子に、彼は戸惑った。
どうやら王子は王子で、隊長を困らせる為や、その場のノリであんな事をしでかしたわけじゃないらしい。
「つまらなかった?」
「それ以前だろう。あんな状況で呑気に楽しめるか」
ただの警護なら問題ないが、あんな王族待遇に付き合わされて、内心冷や汗ものだったのだ。
「いちおー気は使ったんだけどね、食事は別室で、とか」
「国民の目の他に同僚の目もあるんだ、宮仕えを嘗めるなよ」
「でもさ、僕が君を妃に迎えるつもりだってゆーのはみんな知ってるんだから今更じゃない」
「あのな………せめて城外にそれが漏れないようにしている俺たちの苦労も判れ、王子」
「そんなのいずれ判ることじゃない、僕は君以外をお嫁さんにする気なんかないんだから」
またそれか、と彼は息をついた。
その彼の様子に、王子が顔を曇らせる。
「でも今日のは迷惑…だったかな?」
「一応、自分がどれだけ無茶したか自覚はあるんだな」
彼のその言葉に、王子は唇を噛んで俯いた。
まるで今の自分の顔を見られたくないというように。
彼は肩をすくめ落とすと、王子の頭に大きな手を乗せた。
ポンポンと軽く叩くと、親に叱られた子供のように眼だけで彼を見る。
「理由くらいは聞いてやる」
「………結婚前にはデートをするものだって聞いたからさ」




「は?!!」
しばしの思考停止の果てに、彼ができたのは頓狂な声を上げることだけだった。
何度頭の中で繰り返しても、その言葉に聞き間違いはない、残念な事に。
「だから、デートだよ」
彼の反応が不満なのか、いっそ開き直ったように真っ直ぐに彼を見てそういう王子は明らかに不貞腐れていた。
「どこから聞いた、そんな事」
「地下牢の………」
「地下牢はこの間隊長に、預言師共々出入り禁止を喰らったんじゃないか。罪人相手に賭け事をするなって」
「それは黙っててよ」
悪戯っぽく王子が笑う。
それから力を抜くように、息を吐き出して王子は語り始めた。
「お洒落して待ち合わせて、芝居を見て、美味しいもの食べて、公園を歩いて…そういう事するんでしょ、デートって」
スケジュール合わせるの大変だったんだよーと、王子は笑った。
きっと計画を立てている間も、王子はこんな顔をしてワクワクしていたに違いない。
彼がどんな反応をするか、そう思って。
「ああ、だから会場警備だったのか」
ここ数日彼の心に引っかかっていたものが腑に落ちて、ようやく彼は安堵した。
だが今度はそんな心の動きが引っかかったが、今度はあえて何でもなかった事にした。
突き詰めると恐ろしい結論が出そうだったので。
「うん…僕は普通に外に出ることが出来ないから、どうしても大袈裟になっちゃうんだけどさ、どうしてもしてみたかったんだ、君とデート」
例え2人きりになれなくても、公然とくっつく事が出来なくても、普通の『よくある恋人』のように―――
笑みの形をとっていても、自分に向けられる王子の顔は寂しそうに見えて。
乗せたままだった手で、そっと王子の頭を撫でた。
それから、ぼそりと呟く。
「明日は一緒に隊長に怒られても仕方ない、か」
え?と驚いたように、王子が彼を見る。
深々と溜息を吐いて彼は言った。
「デートだったんだろう。だったら、共同責任だ」
そして、自分を見つめる王子の視線に耐えられなくなったのか、内心毒づきながら眼を逸らす。
本人が気付いているのかいないのか、赤く染まったその顔に、王子は笑みを浮かべた。
それは、とても、嬉しそうに。
それから自分の頭の上に乗っていた彼の手をとり、その指先に口付ける。
にぃっと彼を見上げながら浮かべるのは、悪魔のような笑み。
「じゃあ、デートの仕上げをしなくちゃね」
「は………?!」
不意を衝かれ、気付いた時には彼の体はベッドの上に引き倒されていた。
先ほどから見下ろしていた王子の顔を逆に見上げると、王子の顔に浮かんでいる笑みに出会う。
「デートの仕上げはコレでしょ?」
「ち、ちょっと待て!王子」
「ずーっと気を使わせて悪かったと思うし、最後くらいは思いっきり楽しんでよね。お詫びに僕、頑張るからさ」
「いや、俺は充分に楽しませてもらった!気持ちだけで充分だ!とゆーか、まさかこの為に帰ってきたんじゃないだろうな?!」
「だって外泊だと厳戒態勢だし、君、落ち着かないでしょ?」
抵抗する間にも、王子は手際良く彼の服を寛げてゆく。
一日中詰襟に隠されていた首元が外気に触れて、それだけの事で背に甘い震えがざわりと走る。
まるで王子によって慣らされ始めている躯が期待しているかのように。
むしろそんな自分に怯えるように抵抗を激しくすると、王子が宥めるように口付けた。
それは不遜なほどに強引なのに、驚くほど優しくて。
いつしか彼は眼を閉じて、その口付けを受け入れていた。
「いい事思いついた」
と一人ごちる王子の声を遠くに聴きながら………。




K家姉
妄想日時:’08.11.23
妄想場所:自室にて

もー考えるのがメンドいので、主従シリーズはこのタイトルでいきます(笑)。
さて、今回のテーマは「おデート」でしたが、このネタはもうちょっと引っ張ってみようかと 思います。
やり残しもあるしね。
あとは、彼らを取り巻く人々にもスポットを向けてみたいなぁ♪
主従シリーズは使いたい言葉が思い出せなくて、悶々と書くNO.1かもしれない… でも楽しいからまだまだ書きます。
玄冬よりもより常識的な『玄冬』と、恐らく『救世主』の中でもっとも突き抜けたキャラの王子が 好きで好きで堪らないのでv