あめろいど、いぎろいど
         
10.5.2          
 ぷろろーぐ

「もし…」

ある日、俺は真夜中の人気の無い道で不思議な青年に声をかけられた。
その声は、とても良く知っている人物のような気がして。
そのせいだろうか、俺はその人を見た瞬間、ありとあらゆる警戒心が春の雪のようにあっさりと消えたのを感じた。
思えば物騒な話だ、治安が良いとされるこの日本でも、最近は通り魔的な事件が多発している。
なのにその時の俺と来たら、まるで無防備に足を止めてその人の次の言葉を待っていた。
「…さん、ですよね」
驚いた事に、その青年が口にしたのは、産まれてからずっと共にある、俺自身の名前に間違いなかった。
でも、俺の方はどうしてもこの青年の事が思い出せない、いや、多分初対面じゃないだろうか。
「あの…」
「ああ、すみません。驚かせてしまって」
その人は悪びれた様子も無く微笑んで、そう謝罪した。
「実はあなたに折り入って話が」
「はぁ」
「実は…その、とある動画サイトであなたの動画に惚れ込んでしまいまして。それで、どうしてもあなたにお願い したいことがあって、突然こうしてお声を掛けさせていただいたところなんです」
ああ、と俺は得心がいった。
なるほど、この人は俺の動画を観てくれた人なのだ、と。
この間、その動画サイトのイベントで顔出しもしたから、こちらはわからなくても相手は一方的に俺の事を知って いてもおかしくは無い。
ということは、この人はそのイベントで会ったか、メールでやりとりしたか、それともコメントを見たかで 親近感があるのだろうか。
いや、違う。
だってさっき青年が口にしたのは、俺の動画上の名前ではなく、間違いなく俺の本当の名前を言った。
それも多分、確信を持って。
だけど、俺は何度記憶を浚っても、彼とプライベートで何らかのやり取りをした記憶が無い。
やはり、不思議な事だった、彼が俺の事を知っている事も、俺が彼を知っている気がするのも。
「あ、えっと、何でしょう」
困惑したままそう応じると、青年は花のように笑った。
まるで警戒心というものが湧いてこないのは、この穏やかな物腰と笑みのせいだろうか。
「実は、あなたにお預けしたいものが………」
青年は言いながら彼には似合わないオタク御用達のディーバックの中から二つの箱を取り出した。
「これ…は?」
「ソフトとオプションです。あなたにお願いしたいということ、それは―――」

俺が動画サイトに上げているのは、DTMの動画だ。
DTMっていうのは、簡単に言えばパソコンで作成するための音楽用ソフトで、俺はその中でも「歌わせる」 ソフトにハマっていた。
あまりのハマりっぷりに、作詞から作曲、PVの作成までこなせるようになっていたら、いつの間にかアップする 動画が全て10万ヒット越えの殿堂入りするいわゆる大手プロデューサーにまでなっていた。
でも俺はそんなことどうでも良くて、動画をアップするのは単に目標が欲しかったからで。
俺はただ、音楽が好きだった。
音楽を作る事も、歌わせる事も好きだった。
ただそれだけだったから、思いがけない今の反響ぶりには正直困惑もしていた。
聴いてもらえる事、喜んでもらえる事はすごく嬉しかったけど、だんだんとみんなの期待に、俺はやりたい事を 制限されているような、そんな閉塞感に息苦しくなっていた。
だから、今日もパソコンの前に座ったはいいけど、気分が乗らなくて、深夜だというのに近くのコンビニまで 意味も無くやってきたのだ。
そして何を買うでもなく店を出て、そして………

この不思議な青年と出逢った

「あなたにこの子達を育てていただきたいんです」
そう言って差し出された箱にはただの白い箱だった。
さほど重くはないものの、大きさはそれなりにある。
「あの…」
「是非、いつもの動画の息抜きに、この子達にも歌を教えていただきたいのです。ソフトの仕様は今、 あなたがお使いになられているのとはそう違いはありません」
つまり…どういうことだろう。
この箱の中身は、今俺が毎日のように使っている歌わせるためのDTMソフトとそう変わりはない、ということ だろうか。
「ただし一つお約束を。実は諸般の事情により、私は私の事をお話しすることができかねます、そしてこの子 達のことも。ですから努々アップロードなどなさらないよう。一応ソフト上で制限はかかってますが、その事 だけはご理解ください」
ああ、やはりそういうことなのか。
つまり、この青年はこの二つの箱に入っているDTMソフトの「マスター」になれ、と言っているのだろう。
しかし何とも勝手な話だ。
押し付けるように人に頼みごとをしておきながら、勝手に制約までかけるなんて。
しかも自分の事や押し付けてくる代物に対して一切教えられないときたものだ、怪しいにも程がある。
でも、何故か俺はその言葉に逆らう事など出来なかった。
「あ、ああ…」
まるで自分のものではないかのように口が誓約の言葉を紡ぐ。
「俺がこいつらのマスターになるよ。約束する、こいつらは決して人前には出さないし、あんたのことも追及しない」
「ああ、あなたならそう言ってくれると信じてました」
ほっとしたように青年が微笑むと、俺も肩の力が抜けたような気がした。
そうか、俺はこの青年をがっかりさせたくなかったのか。
本当に不思議な人だ、初対面なのにこんな気持ちにさせるなんて。
「あなたなら、この子達を『マスター』として守ってくれると信じてました。実はですね、私が こうしてあなたにお願いにあがったのは、あなたの動画だけじゃなく、そのお人柄も気に入っていたから なんですよ」
そう言って笑いかけてもらうと、何故か俺も嬉しくなった。
「取扱説明書は箱の中に入ってますので、一度熟読をお願いします。その…普通のDTMソフトとは、かなり 違う点がありますので。それと、どうしてもわからないことがあったら、ヘルプサイトの方へご連絡ください」
では、夜も遅いので、と青年は深々と頭を下げて去って行った。
最後まで不思議な青年だった。
そして、何より不思議だったのは、ずっと青年の顔を見ていたはずなのに、青年が溶ける様に夜の闇に消えた瞬間、 俺の記憶から青年の存在が曖昧になった事だった。
もう、どんな顔をしていたかも思い出せない。
そして俺に残されたのは………二つの箱、だけだった。


家に帰って箱を開ける。
次の瞬間、俺は絶句した。
「………マジかよ…俺、そーゆー趣味はないぞ」
俺は自分をオタクだとは思っているが、フツーのアニメやゲームにハマるオタクじゃない、DTMオタクだ。
だから、箱を開けてまず目に飛び込んできたものに、俺は頭痛を覚えずにはいられなかった。
「こっちもかよ、なんなんだよ」
俺が思わず声を失ったもの、ソレは厳重に衝撃から守られている2体のフィギュアだった。
やや普通に見かけるフィギュアより大きめなそれは、かわいい女の子ならまだしも…
「しかも男…勘弁してくれ」
思わず頭を抱えてしまう。
海外仕様なのか、どちらも金髪に目彫りの深い、けれども整った顔をしていた。
とりあえず素体ではなく最初から服を着ていたことは救い………だろうか。
いったいあの青年は何のつもりでこれを俺に預けたんだろう、今更になって面影も曖昧な青年に毒づく。
せめてその場で箱を開けていれば苦情の一つも言えたのだろうが、思えば逃げるように去っていったのはそうなる ことを予見していたからかもしれないと思うと、何とも一杯食わされた気分だ。
その他に箱に入っていたのは、さほど厚くない説明書とDVD−ROMだけ。
ペラペラと捲った説明書には、フィギュアの説明と注意事項、簡単なトラブルシューティングが載っているだけ らしい。
「とりあえず、インストールしてみっか…これ、変なソフトじゃねぇだろうなぁ」
ヤケクソ気味にぼやいて、パソコンにDVD−ROMを差し込む。
大概こーゆーもんは、入れれば後は勝手にインストールしてくれるもんだ。
まだ、あの不思議な青年の影響が残っているのか、俺は何の警戒心も無くそのソフトをインストールしていった。
二つ目のディスクが終わって再起動、そしてソフトを立ち上げてみる。
なるほど、それは見慣れたDTMの仕様とまるっきり同じだった。
さて、コイツらはどんな声を出すのだろう。
まずは、無調教で声を聴いてみようとした、その時。
「おはよーなんだぞ、マスター」
「早速起こしてくれたのか、助かる」

………………………………………………ッッッ!!!!!

一人暮らしのアパートの部屋に自分以外の声が聴こえたら、そりゃあもう、声が出なくなるほどビビるのは 当たり前だろう。
まだ何のリリックも入れてないから、目の前のパソコンから何らかの音声が流れたということはないし、そもそも 声はスピーカーとは真逆から聴こえたんだ。
恐る恐るそちらを向いてみる。
そして、ソレを目にした瞬間、俺は両手を口で抑えて必死で悲鳴を飲み込んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
ここはアパートなんだ、こんな真夜中に大声上げたら近所から苦情が来る、なんて事を逆に冷静に考えた のは、むしろパニックに陥っていたからかもしれない。
後は、
こいつ…動くぞ…
なんて、まるで動画内に流れるコメントみたいな事しか頭に思いつかなかったんだ。
だってさ、フツー思わないだろう?

フィギュアが動く、なんてさ

だって俺は何もしてない。
初回限定版でもないだろうに、趣味じゃないフィギュアとか入っててさ、とりあえずそいつらは梱包されてたまま 放置してたのに、あろう事か自力で梱包から抜け出してきたんだぞ。
しかも片方なんか大きなあくびとかしてさ。
スイッチも入れてない、電池だって入れた記憶が無い、なのになんでコイツら動いてるんだよ?!!
俺はそんな事を考えながらただ目を白黒させ、そいつらの動きに注目している事しかできなかった。
それに気づいたのは、二体のうちやや背の低く、代わりにすっごい眉毛が印象的な方だった。
「ん、マスターは最初に説明書を読まないタイプか?」
「何言っているんだい、説明書っていうのは困ったことがあった時にだけ見るものなんだぞ!DDDDD…」
「お前は黙ってろ!大体お前はそんなだからいつも…」
「いつも…って、俺達たった今起動したばかりなんだぞ」
「ん?あ、そうだったな」
呆然と固まってる俺を余所目に、フィギュア達は勝手に小競り合いを始めている。
だが、その言葉の中に重要なキーワードが含まれているのに気づいて、俺は慌てて凍りついていた体をムリヤリ 動かした。
「せ、説明書ッッッ!!」
それこそ奪い取るみたいな勢いで、机の上の説明書を引っ掴み、パラパラとページをめくる。
そして、そこに書かれた簡単な一文に、今度こそ俺は気が遠くなった。


「世界にたった一つの完全自律型小型ヴォーカルヒューマノイドの5thあめろいど、6thいぎろいどです。
付属のソフトでリリックを入れると歌ってくれます。インストール後、初回の起動時に無線通信で確認し、 自動的に立ち上がり、以降はソフトの起動に関係なく勝手に動くという謎の技術が使われております。
必要とする燃料については次のページをご参照下さい。あなたにとって、良いDTM生活でありますように」


バサリ、と床に説明書が落ちる音がやけに遠くに聴こえた。
「マスターどうした」
「すっごく間抜けな顔なんだぞ!ププー」
「こら、お前は!ちゃんとマスターを敬え!…ああ、そうか、人間は寝るものだったな」
「ん…そういえば俺も何だか眠くなってきたんだぞ」
「起動したてでまだエネルギー供給が充分じゃないからな。まぁ、俺ももうそろそろ限界だが」
「おやすみなんだぞ、マスター」
「Goodnight,マスター」
ははは…なんだろうこの状況…そうだ、きっとこれは夢だ、夢に違いない。

だって、こんな事って、非現実的…すぎる、だろ………




―――でも、目が覚めても、夢から覚めることはなかった

作業用の椅子に座って、眠るというより気を失うっていうカンジで落ちた俺は、いつも通りの目覚まし時計の音に 安堵しながら目が醒めた。
ほら、やっぱり夢じゃないか、と頭を抱えるように髪を掻き上げれば、その腕に何かがぶつかってくる。
何だ?と思えば、それはあのフィギュアだったわけで…。
朝の光の中、確かな存在感と感触を持つそれは夢じゃない事を、嫌ってくらい俺に教えてくれていた。
「マスター!マスター!朝なんだぞ!お腹が減ったんだぞ!」
「お前なぁー、もう少し落ち着けないのかよ………ああ、Goodmorning,マスター。よく眠れたか?」



はぁーーー。
思わず思いっきり溜息を吐いて脱力すると、ずっと俺の腕をペシペシと叩いていた二体のうちの背が高く、眼鏡を 掛けている方がビックリしたように飛びのいた。
本当に人間くさい動きをする。
「だ、大丈夫かい?マスター」
そしてオロオロと俺の様子を気にしだした。
それが本当に俺を心配しているようで、その顔が本当に面白くって…
「………ぷッ」
笑うしかないじゃないか。
そうしたら、そいつは心外だったのか、スゴク驚いた顔をして、それがまた可笑しくってさぁ。

もう、いいや、って思った。

細かい事に拘るのは。
俺はひょんなことからちょっと変わったDTMソフトを手に入れて、ソイツらのマスターになった、それでいいじゃ ないか。
そう約束したんだ、俺が。
「マスター…初めて笑ったな」
「むぅ〜そんなに俺の顔が面白かったのかい」
片方は皮肉に笑って、片方は頬っぺたを膨らませて、そう言う。
ああ、そう言えばコイツらどっちが何ていったっけ。
「なぁ」
これから共同生活を送るというのに、俺は大事な事を忘れていた。
「…が俺の名前なんだけど、もう一度お前達の事を教えてくれないか」
なんだか、人形に向かって話しかけてると思うと気恥ずかしいものがあるが、コイツらはまるで人間のように 動いて、話すから、こうして話しかけるのもなんだか違和感が無くなってきた。
眼鏡を掛けた背の高い方が嬉しそうに両手を振り上げる。
「俺は5番目に作られた小型ヴォーカルヒューマノイドのあめろいどなんだぞ!身長は17.7センチ! ハンバーガーが好きなんだぞ!あ、朝だからコーヒーも付けてくれよ!」
「………お前なぁ。失礼、マスター。俺は6番目に作られた小型ヴォーカルヒューマノイドのいぎろいどだ。 得意な音楽はロック…特にパンクロックが好きだな。サイズは………、このバカよりちょっと小さいだけだ!」
やや背の低い、眉毛の印象的な方―――いぎろいどが、隣のあめろいどをジロリと半眼で睨みつけると、 あめろいどはふふんと嬉しそうに胸を張っていぎろいどに言った。
「ちょっとって、君、俺より2ミリも小さいじゃないか!」
「たっただろう!………くっそー、そんなところまで忠実に再現しなくたって…ブツブツ」
「何言ってるんだい、製造は俺より後なんだから、俺より小さくったって問題ないだろ!俺のほうが君より 先輩なんだからね」
「それは元のお前が我がままを言った所為で、製造順番がちょっと逆になっただけだろう!開発は俺のほうが 早かったんだからな!」
「DDDDDDDDD…それでも俺の方が先に出来たのには違いないからね」
「突っつくな!ばかぁ!!」
………なんだか、圧倒させられる。
本当に、これ、自律なのか?それにこの感受性、すごいプログラミング技術が使われているんじゃないだろうか。
だが、この掛け合いで少しはコイツらの事がわかったような気がする。
コイツらには元となった誰かがいて、性格などもそれを参考にしているのだろう。
今まで使っていたヴォーカルDTMソフトだって、声だけはサンプリングされたものばかりだったけど、性格 までサンプリングした、なんて話は聞いた事は無い。
ソフトはソフト、あくまで道具で、そこに設定はあっても人格までトレースする必要はない。
そもそも自分で考えて、喋って、ヌルヌル動くフィギュアなんて、今まで見たことも聞いた事も無い。
これはきっと、本当にとんでもないものなのだろう。
あの青年が「決して表に出すな」と言った理由が判るような気がする。
こんなの、現代のオーパーツ…技術破壊なんじゃないか?
そりゃあ、技術はどんどん発達してるし、いつかはこーゆーのだってできるんじゃないかと思うけどさ。
だけど………どんなにスゴイものだって、今の俺にはコイツらとの付き合い方を考えるのが精一杯だけどな。
「さぁ、マスターご飯にしようじゃないか!そして今日はいっぱい歌を教えてくれよ!」
「あー、お前ずるいぞ!俺だって、その、マスターのためなら歌ってやらない事もないんだからな」
「朝ごはんはハンバーガーがいいんだぞ!」
「俺はまずは紅茶をもらいたいな…ところで紅茶風呂ってどうなんだろう…」
俺はギャーギャーと騒ぎ出す二体…いや、二人を思わず苦笑いを浮かべながら制する。
「ああ、待て待て、とりあえず今はパンしかないからそれで我慢しろって、それで―――」
それで、後は共同生活に必要なものを買いだしに行こう。
それから試しにリリック入れて歌わせてみるんだ。
他のヴォーカルDTMソフトと合わせてみたって面白いかもしれない。
なんだろう、久々に音楽でワクワクしてきた気がする。
「任せてくれよ!俺はマスターのためだったらどんな歌でも歌ってみせるぞ!」
「精々ズコーって言われるんだな」
楽しみだ、彼らはどんな歌声を聞かせてくれるのだろう。
「じゃあまずはエネルギー補給だな」
そういや、こんなに笑ったのっていつ振りかな、なんて考えながら、俺は知らず笑みを浮かべて立ち上がった。




こうして、俺と彼らの奇妙で愉快な生活は、幕を開けたのだった―――




K家姉

ぷろろーぐなので長めです。萌が高じて一気に書き上げてしまいました(笑)。
実は本田さんがマスターのVerも考えていたなど、今となっては口が裂けても言えません。
あと、書いてる本人はDTMについてさっぱりなので、ツッコまないでやってください、ええ、 危うく始めそうになりましたけどね。(待て!機械オンチ!