花帰葬
王子×従者         
08.3.9          
 愛のままに我がままに僕は君だけを傷つけない:side鳥

今日もまんまと講義を抜け出し、自分を探し回る近衛隊隊長や近衛官の声を遠くに聞きながら、 王子は窓枠に足をかけて青々と生い茂った芝生に降り立った。
身を隠しながら手入れされた城の庭園を横切り、自然の林を表現した立ち木の多い一画に逃げ込む。
その中の、一際樹齢の経た大樹の下に辿り着くと、ようやく彼は足を止めた。
根元に立つ石碑と並んで固い幹に背を預け、ずり落ちるように座り込む。
全力で疾走したため、完全に息が上がっている。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせながら、こてんと石版に頭を寄せると、石の冷たさが心地いい。
その石碑は何のために置かれたものなのかはなのかは今となっては判らないという。
刻まれた文字が風化して読めなくなり、判読不可能となってしまっているからだ。
それが記念碑だったのか、それとも墓標だったのかすら。
ただ、その石の古さは到底百年二百年のものでは無いという―――太古のロマンをそこに見た学者が、研究に明け暮れたのも数代前の王の時代の話。
ついに土を掘り返そうとしたところで、宮廷に身を寄せる預言師がこの石碑に触れると災いがあるとして、これ以上の研究を打ち切らせた。
以来王宮の一角でありながら、災いを恐れた人々がこの場所を訪れる事は無くなったという。
見回りの歩哨以外に滅多に人も来ないこの場所は、だが王子にとっては城内で最も気に入っている場所だった。
ここはいつでも優しい風が吹いていて、まるで大切な誰かの側に居る時のように安らげたから。
口煩い教育係の預言師には滅多に感謝することは無かったが、このことに関しては感謝の意を表すのをやぶさかではない。

ありがとう、僕のサボり場を用意してくれて

と。預言師には大変不本意なことであろうが。
腕を頭の後ろで組んで、眼を閉じる。
木漏れ日の暖かさや、鳥の鳴き声、梢を揺らして奏でる葉のざわめき、穏やかな風―――
眠りに落ちるには申し分ない好条件であったが、眼を瞑ったまま王子は言った。

「いつまでそこに居る気だよ、バカトリ」

ばさりと、一際近くで鳥の羽音がする。
「おや、気付いていたのかね。王子」
「気配も隠さないで、隠れてた…なんて言う気じゃないだろ」
「あははは〜お見通しかね」
不意に目の前が影って、王子は目を開けた。
覗き込むように黒の鳥は王子に向かって身を屈みこんでいる。
黒い外套に身を包む長身はまさに影そのものだ。
ただその中で瞳だけが、金色(こんじき)の光を帯びている。
黒の鳥をあしらうように、王子は冷たく言葉を言い放つ。
「最近やたらと僕に付き纏うのは何か言いたいことがあるからだろ。今なら誰もいないからさっさと言いたい事を言ってどっか行けよ」
「連れないねぇ、君は」
黒の鳥は芝居がかった仕草で、肩をすくめる。
「少しは愛想良く出来ないのかね」
「お前に振り撒く愛想なんて無い」
「君が愛想を振り撒くのはあの子に対してのみ、ということかい」
挑発的に自分に笑いかける黒の鳥を、王子は睨み上げた。
「………お前が僕に用事だなんて、彼のことくらいだとは思ってたよ」
「わかっているなら、話は早いね」
「言っておくけど、彼はお前には渡さないからな」
感情を抑えるように、低い声で王子は言い放つ。
そんな王子の殺気にも似た敵意を何食わぬ顔で受け流して、黒の鳥は言う。
「私にはあの子の意思が優先だからね、あの子の身に危険が及ばない限りは、あの子がここにいると言うなら、別に無理に連れて行く気は無いさ」
「なら………何だよ」
「うん?いや、一つ君に聞いておきたい事があってね」
黒の鳥は笑みを収めると、ずいっと王子の紅い瞳を覗き込む。
「君、最近あの子に好き勝手しているようじゃないか。だが、君はあの子の気持ちを確かめたのかい?」
穏やかな口ぶりではあったが、それは王子の弱いところを的確に突いた。
武闘会のあったあの日、彼の従者でもある青年が自分の目の前から姿を消してから、王子は半身を失ったような喪失感に苛まれながらも、 ただ『玄冬』の気配を辿って追って、追って……ようやく身を隠していた山中の小屋で彼を見つけた。
そして捕まえた彼を逃さぬよう、幾つかの『約束』で自分に縛り付けた。

―――僕、いい王になるよ。君がいつまでも『玄冬』にならなくて済む国にする

―――僕がいなきゃ、君、死ねないんでしょ。だったら、いつか爺さんになって人生に満足した時、僕がいなきゃ困るじゃない

でも、それだけじゃ足りなくて、心も躯も全部自分のものにしたくて、幼稚な独占欲だと自分でもわかっていたが、それでも彼を自分のものにしたいという欲望は抑えられず。
黒の鳥と姿を消した青年を取り戻した晩、王子は彼を抱いた。
抵抗された、嫌だ止めろと何度も言われた、それでも最後は繋ぎとめるように、彼の躯に楔のように自分を埋め込んだ。
彼の気持ちを確かめることも無く、いや、拒否されたのだからそれが答えか。
だが彼は行為の後、色々文句は言ったものの王子を責めたり、罵ったりはしなかった。
それ故以前と変わらず彼と接して来たわけだが。
なるほど、黒の鳥はそれを糾弾しに来たのか、彼の代わりに。
「今、あの子が君に従っているのは、君がこの国の王子であの子が臣下だからだ。君の不興を買えば、あの子は再び罪人だ。君は自分の立場を利用してあの子に自分の我儘を強要しているだけに過ぎなんじゃないかな」
「例え…」
搾り出すように王子は言葉を紡いだ。
「例えそうだったとしても、それをお前に言われる筋合いなんかない」
「私は玄冬をずっと大切に見守って来たんだ。あの子を傷つけられるのは、我慢ならないのでね」
その黒の鳥の言葉に、バネが跳ね上がるように王子は勢い良く身を起こした。
そして、黒の鳥の襟首をぐいっと掴みあげると、射殺すような視線を黒の鳥に叩きつける。
「彼を『玄冬』なんて呼ぶな!!」
「だが、あの子は『玄冬』で君は『救世主』だ。それは抗いようの無い事実だよ」
万力のような力で締め上げられながらも、黒の鳥は涼しい顔でそう言う。
くそっ、と吐き捨てて、王子は乱暴に手を離した。
そして、強い瞳で黒の鳥を真っ直ぐにみる。
「彼は『玄冬』じゃない…『玄冬』になんかさせない。絶対にお前になんか、渡さないからな」
「お手並み拝見といこうか、王子」
乱された襟を直すために襟元に手をかけながら、黒の鳥はにっこりと真意の読めない笑みを王子に向けた。
「さて、そろそろ、あの子がここを見つける頃かな…ああ、ほら、来たようだ」
黒の鳥の言葉に王子が耳を澄ますと、遠くで聞きなれた声が自分を呼んでいるのが聞こえる。
「では私は退散するとしようか…また会おう!王子!!」
「二度と来るなっ!!」
鷹の姿に変異し、羽ばたき去ろうとする黒の鳥に向かって、王子は力の限り叫んだ。
その時、背後から草を踏み分ける音がして王子が振り向くと、そこには誰よりも大切な誰かがいる。
「大きな声が聞こえると思ったら、こんな所にいたのか…王子」
呆れ混じりの表情で自分を見る彼の息が僅かに乱れている。
それだけ必死に捜してくれたのは、自分が『王子』で、その王子を連れ戻すのが彼の役目だからだろうか………。
何故かそれだけのことが訊けなくて、王子は大好きな彼の藍色の瞳から眼を逸らした。




飛び去ったように見せかけて、その実そんな二人の様子を高い木の枝から黒の鳥は眺めていた。
そして王子が自分の可愛い『玄冬』に引きずられるように城に戻っていくのを見ると、鳥の姿のまま石碑に降り立ち、良く晴れた空を振り仰ぐ。
「やれやれ、憎まれ役と言うのは肩が凝るね。しかし…」
溜息混じりにそう言いながら、石碑に語りかけるように黒の鳥は首を廻らせる。
「娘を嫁にやる父親の気持ちというのはこういうものなのかな」
もちろん彼の言葉に返事は無い。
ただ柔らかな風が吹くのみだ。
「まあ、私は君が幸せになってくれればそれでいいんだがね。今度の君達はただ幸せになる為だけに生まれてきたんだと、私は信じてるよ」

その身を撫でるように吹く風に体を委ねたまま、黒の鳥は静かに眼を閉じた。





K家姉
妄想日時:’08.3.7
妄想場所:職場にて

王子と従者の話はずっと書きたくて書きたくて、でもどうしても書きたい話が上手く纏まらず、 とりあえずこの様な運びとなりました。
この話はこれからアプする話のプロローグ的な話になります。 何か、ゴチャゴチャしちゃったから、とりあえず分けてみた。
つか「side鳥」などと銘打っておきながら、メインは王子だったりします(笑)。
多分従者の時は、タカは直接手を出さず、影から従者が幸せになれるよう布石を敷いていたと思われ…

メガネとか。

タイトルは某歌のタイトル。花白でもいいんだけど、むしろ王子の方が似合うと思ってつけてみた。


愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけないside王子