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花帰葬 初代救世主×初代玄冬 |
| 08.11.29 |
| 立冬(11月) |
冬になる――― まだ息は白くなるほどではないが、早朝の空気は凛とした冷気を漂わせていた。 世界が透明に見えるような静謐な空気の中を彼は歩く。 朝靄に透かして見える昇ったばかりの太陽は、子供の描く絵のようにただ橙色の丸い円。 それでも、彼は感謝していた。 その明かりが彼が探している人物を照らし、また幾分かでも温めているだろうと。 彼には凍えるような闇は似合わないから。 霜が降りたように薄っすら白みがかった雑草を踏み分け、彼はようやく探し人を見つけた。 切り立った崖の上、幾らか開けた場所に、樹を背にして寄りかかるように座っている。 どれ程の間そうしていたのだろう、その人物もまた、白く淡い色彩だった。 まるで、この白い景色の中に溶けてしまうかのように。 彼が来たのを気付いているだろうに、『救世主』はただぼんやりと太陽を眺めているだけだった。 「こんな所にいたのか」 静寂を破る己の低い声がまるで場違いのように聴こえた。 『救世主』はそれに応えるようにゆっくりと彼を見る。 「おはよう」 そう言う彼の微笑みも酷く淡い。 まるで現実のものではないかのように。 そこに在る事を確めたくて、抱きしめたい衝動に駆られたが、それを堪えて渋面を作る。 そして何かを羽織るでもなく、普段着のままそこに居る『救世主』を見下ろした。 「いつからここに居た」 「あ、ちょっと怒ってるだろ」 「ちょっとじゃない、もの凄く、だ」 普段から怒っているかのように誤解される強面は、意識して怒りを露わにすることでまさに鬼の形相だ。 幼い子供でなくても竦んでしまうようなその顔と、地を這うような低く響く怒りを含んだ声。 だが、それに晒されている当の本人には全く効いていないらしく、おどけたように肩を竦めただけ。 それが尚更腹正しくて、思い切り睨みつけてやったら、何故か睨まれた方は嬉しそうにケタケタ笑った。 「笑い事じゃないぞ。俺と違ってお前は風邪をひくんだ。こじらせたらどうする」 「そん時はあんたに看病してもらうよ、付きっきりでね」 「ご免被るな」 「えー冷たいなぁー」 「苦しそうなお前を見てなければいけない、俺の気持ちも考えろ」 そうは言うが、もし実際に寝込むことがあれば、誰よりも誠心尽くして看病するに決まっているのだ。 「部屋に戻るぞ」 どれほど眼光鋭くしても一向に笑う事を止めない『救世主』に、諦めたように嘆息混じりで声を かけると、ようやく『救世主』は笑いを収めて彼を真っ直ぐに見た。 打って変わって穏やかな、けれども寂しげな笑みを浮かべて、『救世主』はねだる。 「んー、もうちょっと」 その言葉には確固たる意思が見えて、彼は眉を顰める事しかできなかった。 こうなると頑固なのはお互い様で。 「駄目だ。そんな顔色で言われて承諾できるか」 「あとホントにちょっとだけだって。そうだな…一番鳥が鳴いたら言う事聞くからさ」 「このままお前を抱え上げて、無理矢理連れて行くこともできるんだぞ」 「あーっ、そんな事したら、俺も同じ事をしてやるからな。幾らあんたの方が背が高いからって 俺にできないと思ったら大間違いだぞ」 案の定譲らない『救世主』の態度に、彼の眉間の皺は深くなっていく。 それから僅かな逡巡の後、脱力するように溜息一つ吐いて、彼は『救世主』の傍らに腰を下ろした。 擦り寄るように『救世主』が肩に頭を乗せてくる。 せめて『救世主』を冷えきった空気から庇うように、腕を回し肩を抱く。 回した方の手で確めるように頬に触れると驚くほど冷たくて、温度を分けたいと思ったら、 それがキスをねだる仕草と思われたのか、『救世主』の方から彼に口付けてきた。 触れただけのその唇も酷く冷たい、まるで生きているものとは思えないほど。 間近で輝きを放っている紅い瞳を見据えて、彼は改めて問いかけた。 「それで、いつからここに居たんだ」 んーと、『救世主』は思い出すように中空を睨んだ。 「昨夜、かな?」 「馬鹿か」 間髪居れずにぴしゃりと言い切られ、『救世主』は傷ついたような表情[かお]をする。 だからとて容赦などする気も無い。 そのまま懇々と説教を始めると、初めの内は殊勝に話を聞いていた『救世主』だったが、 次第に癇癪を堪えている子供のような顔になってくる。 ついには爆発する、その寸前の頃合を見計らって、彼は急に声のトーンを落とした。 「それで、何でこんな事をしていた」 「へ?」 急に優しく問いかけられて、肩透かしを喰った『救世主』は間の抜けた声を出すだけだった。 「理由くらいは聞いてやる。夜、それも寒空の下で馬鹿な事をしていたのは何故だ」 自分を見る穏やかなその眼に、『救世主』は先ほど見た空の色を思い出していた。 夜が朝に変わるその瞬間のみの奇跡の蒼。 その色に導かれるように、『救世主』は小さく言葉を紡いだ。 「冬に…ならなきゃいいと思って」 「何?」 一度吐露すると、後はもう言葉が自然と『救世主』の口から溢れ出ていた。 「今日から暦の上では冬、だろ?俺、冬が来るのが怖かったから、冬なんか来なきゃいいって、 ずっとここで願ってた…けどさ、当たり前のように「今日」になって、しかもあんたがやって来て、 もう笑うしか無かったってゆーか」 両手で前髪を握り込むようにかき上げ、腕に顔を伏せて縮こまった『救世主』の肩が、 頼りなく震えている。 とても「レジスタンスの英雄」にして「世界を救った救世主」とは思えないその弱々しい姿に、 彼は抱きしめていた手を、そっと『救世主』の頭に乗せた。 髪を梳るように優しく撫でると、ようやく『救世主』が自分を見る。 泣いてはいなかったが、紅い瞳は濡れたように輝いていた。 「お前も他の奴等と同じだな」 「え?」 「別に悪い意味じゃない。誰も彼もが冬を恐れ、雪に怯えるものだ。それは当たり前の事で、 だから「救世主」とはいっても、お前も普通の人間と変わらないと言っただけだ」 そうは言っても彼らの時代の「玄冬」の伝承は、論も証拠も無いただの「お伽噺」だった。 恐れ、怯えるのは幼い頃だけで、だからこそ自分達も含めた過去の人々は争いを繰り返した。 実際に「玄冬」と「救世主」が現れ、現代にも「救世主の子孫」などという証拠が残らなければ、 彼らもまた、後世にただの「お伽噺」として伝えられ、結果次の「玄冬」はもっと早く生まれたのでは無いかと も思う。 現代の彼らは知っている、「玄冬」はただの「物語」ではない、いつか現実となる「言い伝え」なのだと。 だから冬を恐れる、雪に怯える。 「違うよ」 彼の考えを『救世主』は短く否定した。 「俺は世界がどーのとかって理由で冬が来るのを怖がってたわけじゃない。俺だって昔は 「玄冬」なんてお伽噺の産物で、本当にいるなんて信じちゃいなかったし、別に恐れてもいなかった」 紅い瞳が彼の眼を覗き込む。 「あんたに逢ってからだ。あんたと出逢って、でも一瞬で別れなきゃいけなくて、しかもそれが 自分の手によって、だ」 静かな、けれど怒りに染まった紅い瞳。 「それからずっと、死ぬまで俺は冬が来るたび怯えてた。またあんたを殺さなきゃいけないのか、 喪わなきゃいけないのかって」 それは狂気にも似た想い。 あの時の情景を夢に見ては、悲鳴と共に跳ね起きる冬の夜。 自分を労わる優しい妻の声にも、柔らかな胸にもついには癒される事が無かった。 それでも生き続けたのは、笑う事ができたのは、託された「想い」と「世界」があったから。 「すまなかった」 思いつめた様相の『救世主』に対し、彼には詫びる事しかできない。 『救世主』を苦しめ続けたのは、間違いなく一方的に喜劇[ファルス]を仕掛けた自分なのだから。 どれほど『救世主』に苦痛を強いたのか、それはこの時代で再び見[まみ]えた時に縋り付いて きた、『救世主』を見れば一目瞭然だった。 だが、『救世主』は不思議そうに首を傾げて彼を見ただけだった。 「あんたが謝る事じゃないだろ。選んだのは俺も同じだし。そりゃあ確かに、この仕組みを作った 主とかいう奴や、俺に「救世主」だと告げた白梟、あんたを守らなかった黒の鳥を呪ったりもした けどね。でも結局選んだのは俺で…あんただ」 「だが、俺を恨んだだろう」 『救世主』は眼を伏せた。 長い睫毛が翳を落とす。 「恨んだよ。ホントはもう一度出逢えるのなら、目茶苦茶文句言ってやりたかった」 でも、と呟きながら浮かべるのは苦笑。 「二度と見ることが出来なかった筈のあんたの顔、もう一度見た瞬間に全部吹っ飛んだ」 俺って単純〜、と『救世主』は吹き出し、そのまま肩を震わせて盛大に笑い出す。 「だってさ、一生分文句用意してたのに、あんたの顔見たらさ、たった一言しか思いつかなかったんだぜ」 眦にうっすら涙を浮かべながら、『救世主』は彼に視線を合わせる。 それからゆっくりと顔を近付け、妙に凪いだ口調で『救世主』は囁く。 「愛してる」 見つめあったまま口付けた。 軽く触れただけで唇を離し、代わりにコツンと額を合わせる。 もうどれだけこの底冷えする外気に晒されていたのだろう、お互いの額は酷く冷たい。 「それで………」 隔てるものの無い至近距離で、彼は『救世主』の瞳を覗き込んだ。 何?と視線で促され、彼は言葉を続ける。 「まだ、冬は怖いか?」 『救世主』の眼が細められる。 「今はむしろ好都合?あんた、かなり冷えてるから、俺が温めてあげよう的な」 「誰の所為だ」 「俺の所為。だから、俺が責任持って温めるって」 悪戯っぽく笑う『救世主』に、彼はようやく安堵の息を吐いた。 今の『救世主』に、先ほど見つけた時のような危うさはない。 存在そのものが輝きを放つような、いつもの『救世主』だ。 不意に、『救世主』が視線を外し、景色を見やる。 先ほどより高みにある太陽は、もはや鈍い色の円ではなく、全てを照らす白色の光となって朝靄を払っていた。 「そうだな、あんたを殺す必要の無いこの世界なら、冬は好きだなぁ」 光を反射してキラキラ輝く白面の世界は綺麗だと思うし、そもそも雪が降らなければ夏は水が涸れる、 何より冬が来なければまた春も無い。 彼もまた、『救世主』の視線を辿るように、今日から始まる季節を想いながら彼方に視線をやった。 遠くで一番鳥の鳴く声が聴こえた――― |
K家姉 妄想日時:’08.11.29 妄想場所:自室にて 無駄に長い初代ズ話です。 ホントはもっと違うネタで書こうと思ったんだ!いい夫婦の日とか、いい風呂の日とか。 というか、書いたんだ!! って事で以下、没ネタ救済SSです。 →1122の日(初救初玄版):言われるまでもなく、この初救はまんま大です…わかってます… というか、書いてる時点でわかってました。 →1122の日(救銀版):…なので救銀にしてみました。流れもオチも同じです。 →1122の日(初救未救版):K家妹が更にそれをパロってみた。…これが一番面白いorz →1126の日(玄銀版):どうしても「歳時記」にならないので、更に書き直してみたら、 結局「歳時記」にならなくて没ったという(^^; |